「勇者さん」
「魔王か」
部屋に入ってきた相手は、先日のように硬い雰囲気を纏っていなかった。
そのことに少しだけ安心しつつ、俺は魔王を迎え入れる。
「どうでしたか。お母さんとの面会」
「……嬉しかったよ。ちょっと泣きそうになった」
「そうですか……良かった……」
「ありがとうな、魔王」
「…………」
「どうした?」
ぱちくり、と目を瞬かせ、魔王はこちらを見上げる。
相手の反応に疑問をこぼすと、相手は慌てて首を振って、
「あ、いいえ。……その、勇者さん、はじめて『ありがとう』って言ってくれたなって……えへ、えへへ……」
にへら、と魔王はだらしなく頬を緩ませる。なんだかよく分からないが、随分と上機嫌な様子だ。
「なんだよ、そんなに笑うことか?」
「だって、なんかすごく嬉しくて……あ、でも、元々私の不手際ですから、そんなお礼とか……すごく嬉しいけど、良いんですよ!?」
「どっちだよ。……ありがたいって思ったのは本当なんだから、フツーに受け取ってくれ」
「えへへー。じゃあ遠慮なく!」
長耳をピコピコと犬の尻尾のように揺らして、魔王は満面の笑み。
久しぶりに見る屈託のない笑顔に、ついついこちらの顔までほころんでしまう。
「おう。にしても……お前、俺の母さんにも土下座したんだな。聞いたぞ」
「当たり前じゃないですか。心がこもった大切なお手紙が捨てられるのを見落としてた、なんて……すごく失礼なことなんですから」
「いや、でも……魔王だぞ?」
「魔王だろうが神様だろうが、悪いことして謝らない人はいけない人です!」
完全に正論だった。
「……なんか、お前の方が勇者っぽいときあるよな」
「なに言ってるんですか。当たり前のことなのに。そんなことよりご飯でも食べながら、お母さんとの話を聞かせてください」
「わかったよ、飯のときにな。まだちょっと早いだろ」
準備だけはしてあるので、料理の準備自体はすぐに終わるだろうが、時刻的にはまだ夕食には少し早いはずだ。
「じゃあ勇者さん! 魔界人生ゲームしましょう!」
「人生ゲームまであるのかよ、魔界……」
人生ゲームというのは、人間界では結構一般的なボードゲームの類いだ。
ダイスを振って出た目の数だけ進む双六を下地にして、そこに職業や結婚などの要素を取り込んでいる。あがりに辿りつく頃には、ひとつの人生が疑似体験できるというような感じだ。
「似たようなやつですけどね。はい、これが『魔界人生ゲーム~凍土編デラックス~』です」
「またどこから……つーか、売り文句も人間のと似たような感じなんだな……」
「凍土編はウェンディゴに就職して結婚するとすっごい子供ポンポン産めて、ゴールマスで人身売買すると大体持ち金一位になれるので、『ウェンディゴゲー』とか言われてますけどね」
「そしてゲームバランスは魔界っぽいな……」
「魔界の人生ゲームは結構職業ごとにインフレしてて、勝ち負けよりも他の種族になりきってロールプレイして楽しむことを重視してますからね。それでも勝ち負けに拘る人はいるので、ウェンディゴゲーとか呼ばれちゃうんですけど」
「そうか……魔族にも色々いるもんだな」
戦中にも感じていたことだが、魔族は人間よりも多種多様だ。
人類のように肌の色や基本的な体格が違うどころか、そもそも完全に別物としか思えない姿をしている。
それこそ、魔王のようにほぼ人間にしか見えないやつもいれば、ウェンディゴのようにクマの化け物みたいな姿をしたものもいるのだ。
「魔族はその種別によってかなり文化も違いますし、その上で同じ種の中でも、個体ごとに性格違ってますからね……」
「人間と比べて種族毎の違いが顕著だよな……まとめるの大変じゃないのか?」
「昔は大変でしたね。今みたいにいろんな魔族を分け隔てなく不自由なく、平等に国民として扱えるようになるには、五千年はかかりましたし」
「……長い時間、だな」
魔族と人間の間に流れる時間は違う。人間よりも魔族の方が遙かに長命だ。
それでも五千年という数字は、きっといくつもの世代交代を重ねた末なのだろうことは想像に難くない。
「これから人間と魔族の関係を良くするのも、それくらいはかかるかもしれませんねぇ……ま、気長にやりますから、良いんですけど」
「そうか……頑張ってくれ」
「ええ。これも私の責務ですから」
あっさりとそう言って笑う魔王に、悲壮感はない。
ただ真剣に取り組むという、真摯さがあった。
……任せても良いんだろうな。
どれだけの時間がかかっても、こいつはきっと諦めないのだろうと、根拠なく信じてしまえる。
それは俺よりも、よっぽど勇者っぽいとさえ思えてしまうような目で。
「……五千年は無理だけど、俺が生きてる間は飯くらいなら作ってやるよ」
「ふふふ。ありがとうございます」
なんとなく照れくささを覚えながらも、俺は魔界産の人生ゲームのルールを教えて貰うために席に着いた。
「魔王か」
部屋に入ってきた相手は、先日のように硬い雰囲気を纏っていなかった。
そのことに少しだけ安心しつつ、俺は魔王を迎え入れる。
「どうでしたか。お母さんとの面会」
「……嬉しかったよ。ちょっと泣きそうになった」
「そうですか……良かった……」
「ありがとうな、魔王」
「…………」
「どうした?」
ぱちくり、と目を瞬かせ、魔王はこちらを見上げる。
相手の反応に疑問をこぼすと、相手は慌てて首を振って、
「あ、いいえ。……その、勇者さん、はじめて『ありがとう』って言ってくれたなって……えへ、えへへ……」
にへら、と魔王はだらしなく頬を緩ませる。なんだかよく分からないが、随分と上機嫌な様子だ。
「なんだよ、そんなに笑うことか?」
「だって、なんかすごく嬉しくて……あ、でも、元々私の不手際ですから、そんなお礼とか……すごく嬉しいけど、良いんですよ!?」
「どっちだよ。……ありがたいって思ったのは本当なんだから、フツーに受け取ってくれ」
「えへへー。じゃあ遠慮なく!」
長耳をピコピコと犬の尻尾のように揺らして、魔王は満面の笑み。
久しぶりに見る屈託のない笑顔に、ついついこちらの顔までほころんでしまう。
「おう。にしても……お前、俺の母さんにも土下座したんだな。聞いたぞ」
「当たり前じゃないですか。心がこもった大切なお手紙が捨てられるのを見落としてた、なんて……すごく失礼なことなんですから」
「いや、でも……魔王だぞ?」
「魔王だろうが神様だろうが、悪いことして謝らない人はいけない人です!」
完全に正論だった。
「……なんか、お前の方が勇者っぽいときあるよな」
「なに言ってるんですか。当たり前のことなのに。そんなことよりご飯でも食べながら、お母さんとの話を聞かせてください」
「わかったよ、飯のときにな。まだちょっと早いだろ」
準備だけはしてあるので、料理の準備自体はすぐに終わるだろうが、時刻的にはまだ夕食には少し早いはずだ。
「じゃあ勇者さん! 魔界人生ゲームしましょう!」
「人生ゲームまであるのかよ、魔界……」
人生ゲームというのは、人間界では結構一般的なボードゲームの類いだ。
ダイスを振って出た目の数だけ進む双六を下地にして、そこに職業や結婚などの要素を取り込んでいる。あがりに辿りつく頃には、ひとつの人生が疑似体験できるというような感じだ。
「似たようなやつですけどね。はい、これが『魔界人生ゲーム~凍土編デラックス~』です」
「またどこから……つーか、売り文句も人間のと似たような感じなんだな……」
「凍土編はウェンディゴに就職して結婚するとすっごい子供ポンポン産めて、ゴールマスで人身売買すると大体持ち金一位になれるので、『ウェンディゴゲー』とか言われてますけどね」
「そしてゲームバランスは魔界っぽいな……」
「魔界の人生ゲームは結構職業ごとにインフレしてて、勝ち負けよりも他の種族になりきってロールプレイして楽しむことを重視してますからね。それでも勝ち負けに拘る人はいるので、ウェンディゴゲーとか呼ばれちゃうんですけど」
「そうか……魔族にも色々いるもんだな」
戦中にも感じていたことだが、魔族は人間よりも多種多様だ。
人類のように肌の色や基本的な体格が違うどころか、そもそも完全に別物としか思えない姿をしている。
それこそ、魔王のようにほぼ人間にしか見えないやつもいれば、ウェンディゴのようにクマの化け物みたいな姿をしたものもいるのだ。
「魔族はその種別によってかなり文化も違いますし、その上で同じ種の中でも、個体ごとに性格違ってますからね……」
「人間と比べて種族毎の違いが顕著だよな……まとめるの大変じゃないのか?」
「昔は大変でしたね。今みたいにいろんな魔族を分け隔てなく不自由なく、平等に国民として扱えるようになるには、五千年はかかりましたし」
「……長い時間、だな」
魔族と人間の間に流れる時間は違う。人間よりも魔族の方が遙かに長命だ。
それでも五千年という数字は、きっといくつもの世代交代を重ねた末なのだろうことは想像に難くない。
「これから人間と魔族の関係を良くするのも、それくらいはかかるかもしれませんねぇ……ま、気長にやりますから、良いんですけど」
「そうか……頑張ってくれ」
「ええ。これも私の責務ですから」
あっさりとそう言って笑う魔王に、悲壮感はない。
ただ真剣に取り組むという、真摯さがあった。
……任せても良いんだろうな。
どれだけの時間がかかっても、こいつはきっと諦めないのだろうと、根拠なく信じてしまえる。
それは俺よりも、よっぽど勇者っぽいとさえ思えてしまうような目で。
「……五千年は無理だけど、俺が生きてる間は飯くらいなら作ってやるよ」
「ふふふ。ありがとうございます」
なんとなく照れくささを覚えながらも、俺は魔界産の人生ゲームのルールを教えて貰うために席に着いた。