「勇者さん、こんばんわー」
「ん、魔王か」
「はい、魔王です。遊びに来ましたよーう」

 勝手知ったるとばかりに、魔王が自然な動きで部屋へと入ってくる。

「最近『ご飯食べに』、から『遊びに』、になってるよな」
「ちゃ、ちゃんとお仕事はぜんぶ終わらせてますよ?」
「それなら良いんだが……というか、あまり無理するなよ」

 最近の魔王にはワーカーホリックの疑いがあるので、俺のところに来るために無理して時間を作ろうとしていないか少し心配だった。

「大丈夫ですよ、ちゃんと休憩もしてますし、寝る時間もきちんと確保していますから」
「それならいいんだけどな……今から片付けるから、少し待ってくれるか?」
「あら、なにかしていたんですか?」
「母さんに手紙をな」

 本来ならありえない待遇だが、俺は人間界に手紙を出すことが許されている。
 捕虜の扱いとしてはかなりどうかと思うのだが、せっかく魔王が与えてくれた権利なので、たまにこうして母親に手紙を書いてるのだった。


「あ……もしかして、お邪魔しちゃいました?」
「いや、別に。書くこともそんなにねぇし」
「お手紙に、『魔界よいとこ、一度はおいで』って書いてくれました?」
「一応捕虜って扱いになってるわけだから、それ書いたら無理矢理書かされてるって疑われないか?」
「……確かにそうですね。でもほら、折角手紙のやり取りは自由ってことにしてるんですから、好きなこと書いてくれて良いんですよ?」
「さっきも言ったが、そんなネタないしな……」

 普段やっていることと言えば、飯を作って筋トレして風呂に入って寝るという感じだ。
 まさか魔王とチェスしたり一緒に飯を食ってるとは教えづらいのでその辺も書けないため、ほとんど近況報告というか、似たような文面になってしまう。

「……やっぱりこの独房にずっといると、生活の変化がありませんよね。ホントはもっと自由にさせてあげたいんですど……ごめんなさい」
「別にその辺りのことは色々難しいの解ってるから、気にしてないぞ。申し訳なさそうにするなよ」

 むしろ手紙を出すことを許されている時点で相当な厚遇だ。感謝しこそすれ、文句なんてあるはずもない。
 こちらの言葉に安心したのか、魔王は模様の刻まれた瞳を少しだけ安心で弛めて、

「……ありがとうございます」
「こちらこそ、ありがとな。しかし、本当に書くことがなくて困るんだよな……せめて返事が来たり、向こうから手紙が来れば『返事』ってネタがあるんだけどな」
「えっ」
「え?」

 魔王が妙な声をあげたので、つい同じ言葉を返してしまった。

「き、来てないんですか、お返事……」
「返事どころか、向こうからの手紙も来てないぞ」
「そ、そんな、まさか……ゆ、勇者さんですよ!? 人類の希望の! お母さん以外にも、こう、ファンの方とかいるでしょう!?」
「今は魔王の人質だしな」
「あ……」
「立派に戦死したわけでもなく、魔王に囚われてる……ってことになってるわけだからな。実際は国王が俺を売ったわけだが」

 戦いは終わった。それも、人類にとっては喜ばしくない形で。
 見るものから見れば、俺は勇者でありながら人類を勝利に導けなかった大罪人だろう。

「その辺りが情けなくて、母さんも俺のこと見限ったのかも――」
「――そんなはずありません!!」

 強い、部屋中に響くほどの否定の言葉に、面食らった。

「ま、魔王?」
「自分の息子さんなんですよ!? そんなこと……そんなことあるわけないじゃないですか!」
「いや、でも……分からないだろ?」

 便りはなく、返事もない。
 もしかすると、大罪人の親としてひどい扱いを受けているかもしれないと思ってすらいる。
 息子のことを誇りどころか、恥のように思ってしまっても、仕方ないのではないだろうか。
 こちらの言葉を、魔王は首を振ることで再び否定した。

「分からないなら、どうして信じてあげないんですか! 自分のお母さんなのに!」
「あ……」
「悪く考えちゃダメです。そんな風に考えてたら、どんどん沈んでいっちゃいます。きっとなにか理由が……そうだ! もしかしたら他の郵便物に紛れてるかもしれません! 私、ちょっと調べてみますね!」
「お、おい、魔王!?」
「この辺りのルートとか手順が結構未整理だったりして混乱してますし、人間語がわからない人もいますから、きっと何処かで止まってたりすると思うんです! じゃ、また来ますんで!」

 早口で言いたいことを言って、魔王は慌ただしく部屋から出て行ってしまう。
 銀色の髪が扉の向こうに消えて、部屋は先ほどまでと同じ静けさが戻った。

「……悪く考えたら、どんどん沈んでいく、か」

 取り残された俺は、魔王に言われた言葉を口の中で転がす。

「『魔王(おまえ)』が『勇者(おれ)』より正論言うなよ……」

 ぐうの音も出ないほどの正論だった。
 まるでこちらの不安を、本当は信じたいという気持ちを汲んで、正しいと認めてくれたかのような。
 強いけれど、あたたかい言葉。それはきっと本来であれば、古いお伽噺の主人公が使うような台詞で。

「……飯くらい食ってけばいいのに」

 救われたという照れを隠すように、そうつぶやくくらいしかできない自分が、少しだけ恥ずかしかった。


◇◆◇

「メイドちゃんちょっと手伝ってください!」
「魔王様、どうしたんですか。今頃勇者様と仲良くよろしくしてる頃では?」
「仲良くする前にしなきゃいけないことがあったんですよう! いいから手伝ってください!」
「うわ、茶化しが通じないとは本気ですね……それでは、なんなりと」