「勇者さん、ご飯!」
「おう」

 もはやいつも通りの挨拶なので、俺も軽い調子で手をあげて応える。
 魔王は銀色の髪を上機嫌に揺らしてステップを踏むと、行儀良くテーブルに腰掛ける。ちょっと餌を待つ犬っぽいな、耳を尻尾みたいに振ってるし。
 さすがに口に出すと不機嫌になりそうなので、俺は心の中だけで納得してから料理を再開する。

「今日は何が出てきますかね。最近は勇者さんの料理スキル上がってきてますからねー」

 耳をぴこぴこ、態度をウキウキさせて、魔王は鼻歌でもこぼしそうなほど上機嫌だ。食後は魔界チェスもしていく気なのか、チェス盤を机の隅に用意している。

「よく分からないものを調理してるのは変わらないけどな……今日はなんだかよく分からない野菜で、なんだかよく分からない調味料炒めだ」
「ちゃんとその調味料にも名前があるんですよ? 一応この間、書類には人間の言葉でそれっぽく書いたはずなんですが……伝わりませんでした?」
「あの書類、『名状し難きふしぎ味の素』とか『生きている炎の如くパンチがあるパウダー』とか『召喚魔法にも使える黄金蜜酒』とか妙に怖い名前ついてて、正直引いたわ」

 枕詞にパワーがありすぎて、使うのがやや怖いものがちらほらあったのは記憶に新しい。
 魔王、人類語は得意らしいが、語彙の選択はちょっとアレだった。

「あちゃー、ウケが悪かったみたいですね……好奇心を刺激するかと思ったんですが」
「刺激されたのは恐怖心の方だっての……まぁ、一応一通り使って、全部安全っぽいから使ってるけどよ」

 あの書類でも、甘いのか辛いのか酸っぱいのか、というだいたいの方向性は分かる。
 まだいろいろと試している段階だが、そのうち凝った料理にも挑戦してみたい。

「それはそうですよ。口に入るものなんですから、変なもの支給しませんって」
「その辺り信用してるから、妙にコズミックな名前でもとりあえず使ってみたんだけどな……ところで、魔王」
「なんですか?」
「今更だが、お前は料理できないのか?」

 今まで一度も手を出したり口を出してこなかったので、なんとなく返答は想像できてはいたが、一応聞いてみた。
 魔王は俺の言葉に一瞬だけきょとんとした顔をしたが、すぐになぜかドヤ顔で胸を張って、

「なに言ってるんですか。料理どころか、およそ生活に必要なことはなにも出来ませんよう!」
「ドヤ顔でいばれることじゃないぞ」
「洗濯物さえたたんだことありません! メイドちゃんがぜんぶしてくれるので!」
「だからいばるなって」
「というか、させて貰ったことがないですね。『魔王様はそんなことしちゃいけません』とか言われて」
「箱入りかよ」
「自分の部屋の管理くらいしてみたいんですけどねー……毎日掃除されてて、変なもの置いておくと、ゴミと間違えられてその日の内に撤去されちゃうんですよね」

 子供部屋かよ。

「変なものって……例えばどんなもんなんだ?」
「最近だとハニワですね」
「ハニワって……あのハニワ? 土でできてて、こう、丸っこい目と口をした……」
「はい。人界の歴史的な、あのハニワ」
「なんでそんなもん置いてたんだよ……」
「知り合いが人界土産でくれたんですよ。結構ラブリーで、気に入ってたんですけどねー……残念です」
「ラブリー……アレが……?」

 魔族特有の価値観なのか、それとも魔王個人の美意識なのかは分からないが、ちょっとよく分からなかった。

「最近は撤去されそうなものは、魔法で作った異空間に保存してるんですが、ハニワはうっかり出しっぱなしにしちゃってて……」
「便利だな、魔王」
「便利ですけど、うっかりするとそんな有り様です」
「まあ、うっかりが多そうだもんな、お前……」
「む、なんですか勇者さん、私のことそんな風に見てたんですか」

 魔王がやや不機嫌そうに頬を膨らませるが、今までの所業からの評価なので、俺は悪くないと思う。
 雑談しているうちに料理が出来上がったので皿にのせて運ぶと、魔王はぱっと表情を笑顔に変えた。

「あ、ご飯できたんですね。わ、良い匂い……これはアレですね、私が人類語で『風に乗りて良い感じの香りを運んでくれる粉』って書いたヤツ……!」
「カレー粉っぽいなって思ってな」
「かれ……?」
「いや、気にするな。人界に似たような物があって同じ使い方ができそうだなって思っただけだから」

 他にもそういうのがいくつか見つかったので、少しずつでも人界の料理に近い物を作ってみたいと思う。
 魔界の食材の味には慣れたが、たまには故郷の味が恋しいと思ってしまうのだった。