「あの、勇者さん……」
「どうした魔王、改まって」

 いつもなら元気に腹減った飯食わせろと言い出す相手が妙にしおらしくて、俺は首を傾げた。
 魔王は歯切れが悪そうに、何度か言葉を迷うような仕草をしてから、

「私ってもしかして、平均よりよく食べるんでしょうか……?」
「……魔族の平均なんて、俺が知るわけないだろ」

 正直、女の割にはよく食うなコイツと思うことは多々あった。
 しかしそれは魔族という種族ではふつうなのかもしれないと思っていたので、俺は今まで一度もコイツに「よく食うやつだな」とは言わなかった。

「というか、なんで急にそんなことが気になったんだよ」
「……私の側近に、すごく親しい子がいるんですが」
「側近って、ある程度親しい間柄じゃないのか……?」
「いえ、その子はとっても特別で……ふつうに雑談しても私を必要以上にヨイショとかしない感じなんです」
「ああ、それは確かに、お前の立場からすると貴重か……友達みたいな付き合い方ができるってことだな」

 そういえば前にも、料理人のゴマすりがキツくて苦手とか言っていたっけ。
 好意を持たれることは悪いことでは無いと思うが、それが打算的なものだと気付いてしまうとツラい、というのは俺も勇者をしていたのでよく分かる。

「はい。メイドちゃんって言うんですけど、その子にその……勇者さんのことを、ちょくちょく話していて……」
「……俺のことを?」
「はい。私がそういうのを気楽に話せるくらい信用しているので」

 確かに、魔王が勇者と仲良く飯を食ってるなんて、ふつうは話せないだろう。
 そのことを魔王が話している時点で、そのメイドちゃんとやらは信用に値する人物のようだ。

「それで、その……勇者さんとどういうご飯を食べたかとかも、話すんですけど……この間、『魔王様、殿方の前でちょっと食べすぎでは?』と言われてしまって……」
「……ふーん」

 やっぱりコイツ、魔族の中でもよく食べる方だったのか。

「その、私、長い間ひとりでもそもそご飯食べてたから、適量ってよくわからなくて……ゆ、勇者さんに『よく喋る豚だな』とか思われてたらどうしようって……急激に心配になっちゃって……」
「いやそんなことは思ってないからな……」

 お前の想像の中の俺、Sっ気が強すぎない?
 或いはコイツが心配性すぎるのか、どっちだろうか。

「うぅ、本当ですか? お肉付きすぎとか思ってたりしません……?」

 まだ不安がぬぐえないのか、魔王は自分の身体をあちこち触ったり眺めたりしている。
 そうしていると魔王の格好だとあちこち見えてしまいそうなので、俺は努めて胸や太ももを見ないようにして言葉を作った。

「思ってねえよ。確かにお前、いつも腹減ってるなとは思ってるけど、その分仕事はしているしな」
「……無駄にお肉ついてても、嫌いになりません?」
「ついてねえって。それにもしも見えてない部分についてても、そんなことで嫌いにならねえよ」
「……嫌いに、ならない……それって……えへ、えへへ、そ、そうですかぁ、えへへへ……」

 慌てていたかと思えば、今度はニマニマ笑い始めた。忙しいやつだな、コイツ。

「機嫌直ったか? で、今日は魚焼こうと思うけど良いか?」
「あ、はい! お魚は大好きですから、むしろ喜んで!」
「ん、了解」

 実は今日も来るかもしれないと思って、ふたり分の魚の下処理を済ませてあるのだ。無駄にならなくて良かった。

 献立も決まったので何時もの「お腹すきました」が出るまで、のんびりとしていよう。魔界チェスをまたやるのもいいな。

「……って、まだ気にしてんのか」
「うう、なんかどこも贅肉のような気がしてきました……」
「お前、結構心配症だよな……」
「為政者はそういうものなんですーちょっとしたことがすぐ暗殺とか謀略に繋がっちゃうんですー!」
「まあ肥満も、いろんな不都合にはなるだろうけどよ……」

 未だに自分の腹回りをふにふにしながら心配そうに耳を垂らす魔王に、やや呆れながら俺は近付いた。

「よいしょ」
「ふわっ!?」

 足元からすくい上げるように持ち上げると、びっくりするほど軽かった。

「あ、あっ、あっ、ゆ、ゆーしゃさん、これっ、これっ……」
「……こんだけ軽かったら、充分痩せてるだろ。気にしなくていいんじゃないか?」

 いわゆる、お姫様抱っこ。
 口で何度言っても気にしそうなので、実際に重さを量ってみようと、なるべく問題がなさそうな背中と膝裏を選んで手を添えてやってみたのだが、少し踏み込みすぎだろうか。

 ……いやでも、いつまでもこの話題になるのは嫌だったし。

 重いか重くないかで言えば軽いし、なんならそんなことは気にせずに飯を食べていって欲しい。
 太りすぎれば健康の被害も出てくるだろうが、そういう風には見えないし、食事中に笑っているコイツを見る方が、気分が良い。

「……ま、これで分かっただろ。ぜんぜん太ってねえから気にすんな、今日も飯食ってけ」

 いつまでもやっているのも恥ずかしいので、いい加減降ろしてやろう。
 そう考えて少しだけ腕に力を緩めると、魔王が俺の服を握って、

「あ、あうぅ、あ、あのっ、あのう……」

 服を捕まれたということは待ってくれということなので、降ろそうとした魔王を一度抱え直す。
 魔王はあわあわと何度も口をぱくぱくさせて、暫く言葉を探していたが、やがてこちらを上目遣いで見上げて、言葉を作り始める。

「……ほ、ほんとに重くないなら、も、もーすこしこのままできーぷ、できますよね……?」
「あのなぁ……お前まだ心配してるのかよ」
「いえ、ちがっ……う、くないです。ええ、とても心配してます。はい、凄く心配です、魔界の女王がぶくぶく太ってるなんて思われたら大変です。だから……だから……その、も、もう少し、安心させてください……」

 魔王の頬は、茹でられたように染まっている。
 驚いたのもあるが、恥ずかしさもかなりあるのは、察しの悪い俺でもよく分かる。
 そもそも魔界の女王に気安く触れるようなやつもいないので、慣れていないのだろう。
 だというのに、もう少しこのままでいて欲しいなんて、変なやつだな。

「……飯、少し遅れるぞ」
「い、いいです、今は……今は……もうちょっとだけ……」
「……まあ、それでお前が納得するならな。気にせず食べていけよ」
「……はい」

 なぜか随分としおらしい魔王を不思議に思いながら、俺はもう少しだけこの体勢でいることになった。
 魔族も人間も、痩せた太ったが問題になるのは変わらないようだ。


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「めめめめメイドちゃん聞いてください、今日勇者さんにだっこされちゃいました……!」
「え、抱かれた? ついに?」
「秒で誤解です!! あと『ついに』ってなんですか!?」
「え、違った……? もういい加減、そういう時期では……ラブロマンス小説ならラスト一万文字くらいでは……?」
「そ、そんなのまだ早すぎます! まだ序盤三分の一くらいです……じゃなくて! もう、いいから聞いてください、あのですね、勇者さんの抱っこすごくて……力強くて、でもやさしくて……はうぅ、すごかった……」
「魔王様の語彙が今、魔界で一番雑魚になってて可愛い……」
「メイドちゃんはどこに反応してるんですか……!?」