肉が焼ける香ばしさに、出汁の柔らかな匂い。
 調理中特有の空腹を誘う空気に包まれながら、俺は出来上がったものを皿へと並べる。

「ん、我ながら美味しそうにできたんじゃないか」

 自画自賛だが、ひとりで暮らしている身分としてはそれが大事だとも思う。俺しか俺を褒める人がいないからだ。
 スパイスを振って肉を焼いたものと、その肉の骨で出汁を取り、たっぷりの野菜を入れたスープ。
 あとは昨日多めに焼いて取り置いておいたパンを合わせれば、独り身にしては豪華だと思う食事が完成する。

 水を用意し、椅子に座り、手を合わせ、いざ――

「――ん」

 食事を始める寸前に、その音は響いてきた。
 決して大きくは無く、しかし明らかに急ぎだと分かる足音は、徐々に近づいてきて、最後は俺の部屋の前で止まり、

「勇者さん、お腹が空きました!」
「……またか」

 だぁん、と派手な音を響かせて、扉が開かれた。
 片手を上げたポーズの相手は、美女だった。
 新雪の輝きを閉じ込めたかのような銀髪に、不思議な文様めいた輝きを宿した紫色の瞳。
 すっきりと整った顔立ちは『綺麗』と評価できるものだが、邪気の無い笑顔は少女のようなあどけなさも備えている。
 胸の谷間がやたらと開いている上に、太ももにスリットまで入っているローブのような格好はひどく目の毒だが、最近はようやく見慣れてきたと思う。
 遠慮無く入ってきた相手は、人間よりもずっと長い両耳を、犬の尻尾のようにぴこぴこと動かして、

「あ、丁度良かった。今からご飯だったんですね。私もいただいて良いですか?」
「まあ、スープもパンも量があるし、肉を半分にしても充分満足できるだろうが……」

 きらきらと模様の入った目を輝かせる相手を見て、俺は自分の頭をかいた。

「……なあ、良いのか、お前」
「え、なにがですか? お仕事ならちゃんと終わらせてきましたけど……」
「いや、だからな。……ここ、独房。俺、勇者。で、お前は魔界の女王。問題ありすぎる組み合わせだろ、これ」

 そう。俺はかつて、勇者と呼ばれていた。
 しかし今、俺が住んでいるのは魔王城の独房で、目の前の相手はその魔王だ。
 人類は、魔族との戦争に敗北したのだ。その証として、俺はここにいる。

「確かにここは独房ということになっていますけど、それは建前ですよ。実際にはちゃんとした部屋でしょう?」
「まぁ、風呂は広いし、トイレは綺麗、ベッドはフカフカで、オーブンつきの調理場までついてる独房ってのは、フツーないだろうが」

 これで独房というのは少々無理があると思う。
 外に出て誰かと会ってはいけないということ以外は、一般的どころか、それよりも良いくらいの住まいで、俺は戦争が終わったあとの日々を過ごしていた。

「……まあ、いいか。とりあえず座ってろ、お前の分も用意してやるから」
「えへへ、やったぁ♪ ……ところで、今日の献立はなんですか?」
「ん? ……なんかよく分からん肉をよく分からんスパイスで焼いたのと、野菜らしきものを適当にぶち込んだスープだよ」

 めちゃくちゃ適当な答えだと自分でも思うが、実際にそうなので他に言い様がない。
 魔界の食材の名前なんて、分かるはずが無いのだから。

「というか味どころか食えるかどうかも分からん……スープは味見したしパンは昨日も食べたから大丈夫だろうが、肉はどんな味がするかさっぱり想像できん……」
「ええっと……一応食べられないものは届けていないので、大丈夫だと思いますよ……?」

 こんな感じで、戦後の俺は過ごしていた。
 それは想像よりも少し違っていて、けれど悪くはないと思えるのだった。