そうこうしている間に本格的な受験シーズンに入り、柚子もかくりよ学園で面接を受けることになった。
当然ひとりで行くものだと思いきや、なぜか玲夜も一緒についてきたことに驚きつつも、ひとりではないことに安堵もした。
初めてかくりよ学園にやって来た柚子は、その敷地の広さに感心してしまう。
初等部から大学部までが同じ敷地の中にあるのだから大きいのは当たり前だが、確実に迷うだろうな、と入学後の不安を感じた。
一応初等部、中等部、高等部、大学部と区分けされているようだが、後で地図をもらわなければ思ってもみない所に迷い込みそうだ。
とりあえずは、卒業生で学園内の地理に詳しい玲夜の後についていく。
大学部のある区域には、講義のない学生が幾人もそこらにいたが、見ただけである程度あやかしか人間か見分けができた。
なにせあやかしの容姿のよさは、人間離れしているからだ。
人間でも綺麗な人はいるので絶対とは言い切れないが、玲夜が歩くと慌てて頭を下げる人と、見惚れたようにぽうっとしている人とで分かれていた。
きっと、すかさず頭を下げて玲夜に道を開けたのがあやかしだろう。
鬼龍院様だとか、若様というような驚いた声がひそひそと聞こえてきた。
さすが鬼龍院の次期当主。有名人のようだ。
まるでモーゼが海を割ったかのように開いた道を王者のごとく堂々と歩く玲夜の後ろからついていくのが、容姿もなにもかも平々凡々な自分というのがなんだか悲しい。
目立たぬように息を潜めて玲夜とちょっと距離を開けて歩いていると、玲夜が足を止めて柚子を振り返る。
そして差し出される手。
その手を取らないわけにはいかず手を握ると、周囲から息をのむ気配がする。
お前が花嫁? 本当にお前のような奴が? と疑うような視線を向けられていると思うのは柚子の被害妄想だろうか。
さらにひそひそ話が増えた気がして、できるだけ早く人の目から離れたかった。
注目を浴びるのが得意でない柚子には針のむしろだった。
大学の建物の中に入り、やっと目的の部屋の前に来ると安堵する。
形だけの面接だから気楽にすればいいと玲夜から言われていた柚子だが、部屋に入った瞬間、十数人がずらりと並んだ大人たちを前にして、思わず回れ右をして帰りたくなった。
こんな大勢と相対した面接だとは聞いていなかったので、気後れする。
大学の面接がどういうものか分からないが、これが普通なのだろうか。
急に緊張してきた心を落ち着けるように、ひと呼吸してから勧められた椅子に座る。
面接での一般的な質問の傾向と対策をまとめた本は読んできた。
絶対に聞かれると思われる、この大学を選んだ志望動機を心の中で反芻して、その時に備えていた柚子だったが……。
始まったのは柚子の面接というより、玲夜との会議かと勘違いしそうなものだった。
並んだ面接官は柚子ではなく、玲夜とばかり話している。
柚子は時々玲夜の答えに相槌を打つだけだ。
これは本当に面接なのかと疑問に思ったまま、いつの間にか面接官と玲夜の話は終わり、「もう帰っていただいていいですよ」とそのまま退出を促された。
あれ?と思っている間に、玲夜に手を引かれ、車に乗り屋敷へ帰ってきていた。
後日届いた合格と書かれた書類を見て、なんとも言えない気持ちになった。
「私なにもしてないんだけど……」
一切感じない手応え。
せっかく面接対策の本を読んで頭に叩き込み、透子とも面接の練習をしてきたというのに、まったくの無駄だった。
後日透子に聞くと、透子の方は普通の面接だったと言っていた。
面接官も三人ほどだったようだ。
自分との違いに驚いたが、透子以外に比較対象がいないので、柚子と透子のどちらが変なのか分からなかった。
だが、きっと玲夜がいたからだとなんとなく柚子は思っている。
なにせあやかしの学園で、あやかしのトップである鬼龍院の次期当主が来るのだから普通の対応でなかったのは仕方がないのかもしれない。
少し先行きの不安を感じた柚子だったが、そんなこんながありつつも、あっという間に卒業式を迎えた。