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 退屈だったはずの夏休みが一転して多忙な毎日となった。

 俺は毎日学校の図書館に勉強しに来ていた。

 真面目というわけじゃないし、エアコンが効いていて居心地がいいからというのでもない。

 俺と福本さんは電車が上り下り正反対で、会うのに一番都合のいい場所だっただけだ。

 とりとめのない会話をはさみながら夏休みの課題をこなし、一緒に帰る。

 特に進展なんかない。

 文部科学省の推薦がもらえそうなほど、ものすごく健全な男女交際だ。

 ふと目が合ったり、思いがけない好みが一致して笑い合ったり、反対に、どうしても譲れないこだわりがあって思わず話が盛り上がったり、どんなことであれ、お互いにいろんなことを知っていく、それだけでもうれしかった。

 俺たちが付き合うことになったきっかけとなったあの動画には、続きがあった。

 撮影していたユウヤがカメラを止め忘れていたのだ。

 体育館倉庫の外に投げ出された俺たちの鞄から、アユムとヒロキが財布を取り出して中身を抜き取るところが映っていたのだった。

 それがそのまま生配信されていたものだから、動画は一気に拡散炎上してしまい、削除したところでどうにもならなくなっていたのだ。

 夏休み明け、退学処分の下った連中の姿はどこにもなかったし、先輩たちも関わり合いになるのを恐れたのか、特に嫌がらせのようなことも起こらなかった。

 帰り際にトシヤが下駄箱の蓋を開けた。

「俺にも何か入ってねえかな」

「郵便ポストじゃないから」

「おまえ、余裕こくのもいい加減にしろよ」と笑いつつ、俺の肩に軽くグーパンチを繰り出す。「でもよ、ザマァだよな、あいつら。さんざん動画でカイトのことを馬鹿にしてたのに、自分たちで墓穴掘ってさ。『非モテ男子が下駄箱を開けたら衝撃の展開!』って、あいつらのことじゃねえか」

 靴を履き替えたところで、女子三人組がやってきた。

「あ、カレシいたじゃん」と泉川さんが俺を指さしながら福本さんに向かって片目をつむる。

「うちらお邪魔かしらね」と桜井さんまで茶化す。

「何だよ、俺一人で帰るからいいよ」とトシヤがすねてみせる。

 すると、女子二人がトシヤを挟み撃ちにした。

「ねえねえ、福来軒行こうよ」

 トシヤが真っ赤な顔で固まっている。

「カ、カネねえし」

「別におごりじゃなくていいからさ」

「な、なんでよ」

「なんでよって、なんでよ。お腹すいたからに決まってるじゃん」

「ケ、ケースケいねえし」

「あいつ部活でしょ。グダグダ言ってないで行くよ」

 女子二人に腕を引っ張られてトシヤが連行されていく。

「両手に花だね」と俺のカノジョが微笑みながら見送っている。

「そうかな。なんか違うような気がする」

 俺たちも二人並んで歩き出す。

 校門を出たところで、みんなとは違う方向に向かう。

 駅までは遠回りだけど、静かで落ち着いた道を歩くのが二人のコースになっているのだった。

「トシヤ大丈夫かな」

「なんで?」

「間が持たないんじゃないかなと思って」

 カノジョが笑い出す。

「自分だって、ついこの間までそうだったじゃん」

「まあ、そうだけどさ」

 俺だっていまだに慣れない。

 ずいぶんカッコ悪いことばっかりしてるんじゃないかと思う。

 そんな俺の心をお見通しなのか、カノジョが肩をぶつけてきた。

「あのさ、カッコ良くなろうとなんかしないでよね。今のあんたがあたしは好きなんだから」

 でもまあ、少しくらいの勇気は必要だ。

 人通りのないところで、俺は思い切ってカノジョの手を握ってみた。

 でも、勢いがありすぎて人さらいみたいな握り方になってしまった。

「だから、そういうところだってば」

 と、頬を膨らませつつ、向こうから優しく握り返してくれる。

 どこかで蝉の声がする。

「あせらなくていいじゃん」と、カノジョが空を見上げた。「ずっと一緒なんだからさ」

 これからの展開がどうなるのかは分からない。

 だけど、カノジョの言うとおりなんだろう。

 カッコなんてつけなくていい。

 ありのままの俺でいいんだ。

 この先の展開を一緒に見るために。

 二人の物語はまだ始まったばかりなのだから。