◇
ホームルーム、終業式、成績表配布と、俺にとってはどうでもいい行事も滞りなく終わり、いよいよ放課後、決戦の時だ。
みんなは席を立って家路につく。
俺はわざと机の中を確かめたり鞄の中身を入れ替えたりするフリをしながら、一人で立ち去るタイミングをはかっていた。
トシヤがケースケのところに駆け寄っていく。
「おい、ケースケ、福来軒行こうぜ!」
「どうせおごれってんだろ」と、相手も分かっているようだ。
「貸しがあるじゃんよ」
と、そんなやりとりを見ていた女子二人組がトシヤに声をかけた。
「なになに、あんたら、福来軒行くの?」
桜井さんと泉川さんだ。
サッチンとミッポンと呼ばれていて、福本さんと同様、二人とも男子の視線を集めるタイプの女子だ。
トシヤが耳まで赤くしながら、「お、おう」と困惑している。
それはそうだ。
ふだんは俺たちと接点なんかまるでない女子だからだ。
掃除当番で同じ班だったときも、「あんたらゴミ捨ててきて」の一言しか会話がなかったくらいだ。
そんな女子二人組がトシヤに詰め寄る。
「うちらも行っていい?」
教室中の注目が集まる。
トシヤは思いがけない出来事に、返事ができずにいる。
人間って、あまりにも動揺しすぎると、本当にアワアワと言っちゃうんだな。
俺もみっともない姿をさらさないように気をつけないとな。
トシヤが一歩後ずさりながらようやく声をしぼり出した。
「な、なんでよ」
「なんでよって、おなかすいてるから」と桜井さんがさらに間合いを詰めた。
「でも、ラーメンだぜ。めっちゃ汗かくぜ」
「いいじゃん。夏こそラーメンでしょ」
おいおい、トシヤと意見が合うじゃんか、と思わず俺は心の中で笑ってしまった。
泉川さんもケースケに微笑みかける。
「うちらラーメン大好きだからさ。トシヤにおごるならうちらにもおごってよ」
「カ、カネねえし、……そんなに」とケースケもタジタジだ。
二人の気持ちは分かる。
非モテ連中にとって女子と何かをするというのは重荷なのだ。
何を話せばいいのかも分からないし、いったん無言になったらもうどうにもならない。
土下座して切腹したくなる。
せっかくの寄り道くらい、男同士で気軽に行きたいのだ。
カノジョがほしいと嘆きつつ、そんなきっかけができそうになると、急にビビって逃げ出してしまう悲しい生き物、それが非モテ男子なのだ。
だが、モテ女子たちにはそんな情けない気持ちなど理解してもらえそうにないようだ。
「じゃあ、ケースケとトシヤが二人でうちらにおごるってことでいいでしょ」
追い詰められたトシヤがついにめちゃくちゃなことを言い始めた。
「ラ、ラーメンだぜ。だ、だ、男子の前でズルズルすすれるのかよ。スパゲッティみたいにクルクル巻いて食うんじゃねえの」
しかし、そんな抵抗はあっさり退けられた。
「うちらメッチャすするよね」と泉川さんが桜井さんと笑い合う。
「うん、チョーズルズルいくし。麺どころか、スープも最後の一滴まで吸引力落ちないし」
「ジェイソンかよ」と、トシヤがつぶやく。
桜井さんが腹を抱えて笑い出す。
「『ジェ』じゃないでしょうよ、『ダ』でしょうよ。ジェイソンだと掃除機じゃなくてチェーンソーだよね」
「ラーメン屋がスプラッタじゃん」と泉川さんも涙をぬぐいながら笑っている。
間違いに気づいたトシヤの顔が真っ赤にゆであがる。
できるなら、バラバラに切り刻んでもらいたい心境だろうな。
「しょうがねえ、行くか」と、ついにトシヤも白旗をあげた。
ケースケの腕をつかんで教室を出て行く。
やったあ、と女子二人もついて行った。
もはや俺のことなど誰も気にしていない。
まあ、今日に限っては、そうしてくれるとありがたい。
お互い頑張ろうな。
心の中でエールを送りつつ、俺は一人鞄を持って指定された体育館倉庫に向かった。