「紫音?」

 自分を見つめている彼女の潤んだ瞳が、わずかに虚ろになっている。

「あつ、い」

 小さく呟いたのと同時に紫音は凰理の方に倒れ込んだ。

 すぐさま凰理は彼女を抱きとめるが、浅い呼吸を繰り返す紫音の吐息には熱がこもっており、凰理は紫音の状態を思い出した。

 先走りすぎた自分を内心で叱責し、彼女をそっとベッドに寝かす。

 体勢が急に変わったからか、天井が揺れている気がした。紫音は視界の端に自分を心配そうに見下ろしている凰理を捉え、なんとも言えない気持ちになる。

 なにか言いたいのに、なんて言えばいいのかわからない。そんな紫音の頭を凰理はそっと撫でる。

「そんな顔をするな……悪かった」

 そう告げる凰理の顔が、痛みを堪えているような傷ついた顔をしていて紫音は戸惑う。

 悪かったってなに? キスしたこと?

 凰理が立ち上がる素振りを見せたので紫音はとっさに彼の方に手を伸ばした。

 しかし宙を掴んだだけで、彼女の手は重力に従い力なくベッドに落ちる。その寸前、紫音の手を凰理が取った

「どうした? なにかほしいのか?」

 神妙な面持ちで尋ねてくる凰理に対して紫音は目を丸くした。小さく首を横に振ったが、伝わる手の温もりに心の底から安堵する。

 紫音はなにも言わず、弱々しくも凰理の手を握り返した。

 なにかが伝わったのか、凰理は腰を屈め再び紫音に目線を合わせる。彼女の手を握ったままで。

 ここで変に凰理になにかを言われたら、紫音も言い返してこの手を離したかもしれない。

 けれど凰理は優しく微笑むと黙ってベッドサイドに腰を下ろした。

 熱のせいで心が弱っているのかもしれない。凰理にそばにいてほしいと思うなんてどうかしている。

 でも、紫音の今一番ほしいものはまぎれもなくこの温もりだ。紫音は静かに目を閉じた。