「紫音。出かけていたのかい?」

「あ、うん。ちょっとね」

「しおん、ちゃん?」

 なにか言う前に利都の隣にいる女性が不思議そうな面持ちで紫音を見つめてくる。

「あ、はい。神代紫音といいます」

 わけがわからないまま紫音は頭を下げた。どこかで会ったことがあるだろうか?

 女性は目を瞬かせて紫音に視線を送った後、にこりと微笑んだ。

「私は」

 そこまで言いかけて彼女が言葉を止める。ますます理解できずにいると続けて女性の口から思わぬ名前が飛び出した。

「凰理」

 紫音は目を見張り、うしろを振り返る。そこには紫音に続いて駐車場からエントランスに足を運んだ凰理の姿があった。

 凰理の顔にも驚きが広がっている。対する女性は改めて笑顔を作った。

「久しぶり、元気にしてた?」

 どうやら彼女は利都だけではなく、凰理の知り合いでもあったらしい。しかしなんとなくだが、利都を前にしたときと今の彼女とではあからさまに纏う空気が違う。

 さっきまでのウキウキしていた気持ちが一転し、紫音心の中で妙なざわめきが起こる。

「……詩音(しおん)

 さらに凰理の口から紡がれた言葉に衝撃を受ける。一瞬耳を疑ったが、それは彼女自身に念押しされる形となった。

「紫音ちゃん、初めまして。河野(かわの)詩音っていいます。同じ名前でびっくりしちゃった」

 固まっている紫音に彼女は、詩音はゆっくりと自己紹介をした。なにがこんなに衝撃なのか、同じ名前の人間などそう珍しくはない。

 とにかく今すぐこの場から逃げ出したい。凰理と詩音の間に立つのも嫌だ。けれど足が床に縫い付けられたかのごとく、紫音はその場を動けなかった。