きっとあの講義をするためには、それなりの事前準備が必要だったはずだ。

 あの広い部屋で紫音の存在に気づくくらいなら、他の学生のこともよく見ているに違いない。

 彼の外見だけではなく凰理自身に惹かれ、慕う者が多いのも今なら理解できる。それは前世で魔王をしていたときにもいえるのかもしれない。

 凰理のことばかり考えている自分に気づき、そろそろ触れるのをやめてほしいのもあって紫音は無意識に話題を逸らす。

「と、とりあえず利都に連絡していい? 今日、泊めてもらおうと思って」

「は?」

 思わず凰理の手が止まる。打って変わって怪訝な声をあげた凰理に驚きつつ紫音は眉尻を下げた。

「だってシーツ干しっぱなしで濡れてるだろうし、替えも今もちょうどなくて……」

 残念そうに告げる紫音は本気で落ち込んでいる。けれど凰理にとっては、そこが問題ではなかった。

「だからって、なんであいつのところなんだ」

「同じマンションで、親戚だから」

 はばかりなく紫音は答えた。実乃梨のところに行ってもいいが、泊めてほしいとなると友人に対してはあまりにも突然の頼み事で気が引ける。

 その点、利都には大学に進学し親元を離れてからなにかと世話になっているし、互いの親も公認だ。彼の部屋が客人を泊めるほどの広さがあるのも知っている。

 こういうとき親戚だとなにかと頼りやすい。ところが凰理は渋い表情を崩さないままだ。