「続きは明日でいい?」

 なにげなく凰理に問いかけると、今度は彼が意外そうな面持ちになる。紫音はぶっきらぼうに付け足した。

「本を借りるお礼に最後までやるよ。中途半端は嫌だし」

 目当ての本は見つかったが、本の整理はまだ終わっていない。途中で投げ出すのは紫音の性分ではなかった。そういったところは前世から変わらない。

 凰理の顔に思わず笑みがこぼれ、その調子で紫音に尋ねる。

「それで、俺の講義はどうだった?」

「え?」

 不意打ちの問いかけに紫音は面食らう。凰理には、彼の講義は取っていないと話していたはずだ。そんな紫音の顔色を読んだのか、凰理が種を明かす。

「前の列の左端の方に座ってただろ」

 まさかあれだけの受講生がいて、気づかれていたとは思ってもみなかった。完全に油断していたため気恥ずかしさで頬がかっと熱くなる。

「それは、急に小山先生の講義が休講になって、空いた時間がもったいなかったから……」

 なにも悪いことはしていないのに紫音は言い訳を口にする。八つ当たりだとわかっているが、こういうとき凰理の余裕綽々とした態度が気に入らない。

 憎まれ口を叩きそうになったが、すんでのところで考えを改める。

「講義は……興味引く内容で面白かった」

 ここは素直に感想を述べる。学生として彼の講義に文句がなかったのは事実だ。凰理は紫音に近づくと、彼女の頭をそっと撫でる。

「成績優秀者にそう言われるとは光栄だな」

 言い方はともかく、凰理の声も表情も純粋に嬉しそうだ。だから紫音も無下に振り払わなかった。