周りには崩れた本の山がいくつかある。そして段ボールに残っている本の中から一冊を凰理が拾い上げた。

「ほら、これだろ」

「あ、うん」

 手渡されたのは、高原が話していた本だ。受け取り、紫音はしばらく立ちすくむ。そしてコーヒーを淹れ直そうとする凰理の背に思いきって声をかけた。

「あなたの怖いものってなに?」

 唐突な紫音の質問に凰理は驚いた顔で振り向いた。

「どうした? 気になるのか?」

「うん。魔王の弱点を知っておいて損はないでしょ」

 相変わらずの言い草に凰理は苦笑する。しかし続けて予想外の言葉が紫音から放たれた。

「それに私自身も知りたいの。あなたのこと」

 勇者と魔王として敵対していたとき、凰理はなにを考えていたのか。あのときは知ろうともしなかったし、理解しようとも思わなかった。

 けれど今、こうして再び巡り会えたからこそわかりあえることもきっとある。

「紫音」

「なに?」

 改めて名前を呼ばれ首を傾げる紫音に対し、凰理は満足そうに微笑む。

「答えだ。今も昔も、俺の弱点はお前だよ」

 まさかの回答に紫音は大きく目を見開いた。言われた内容を咀嚼(そしゃく)するのにわずかに時間がかかり、ややあって瞬きを繰り返した後で仰々しいため息をつく。

「まぁ、いいけどね。魔王がそう易々(やすやす)と自分の弱点を言うわけないだろうし」

「なんでお前はそう人の言葉を素直に受け取らないんだ」

 正確には『凰理の』言葉になるが、そこまでわざわざ訂正しない。紫音は散らかしてしまった本をひとまずまとめる。