「あのー」

 すっかり紫音の恋愛観について話がシフトしつつあったが、声をかけられてふたりの会話は中断した。

 見ると、同じ講義を受けていた女子三人組だった。なんとなく見覚えのある感じからおそらく同学年だと察する。不躾に視線を飛ばしていると、そのうちのひとりが紫音に尋ねてきた。

「ねー。神代さんって風間先生の親戚って本当?」

 ソワソワと落ち着かない様子なのを見て、紫音は彼女から実乃梨へと視線を移す。昨日の今日で、この事情を知っているのは極限られた人間だけだ。

 案の定、実乃梨はわざとらしく紫音から目を逸らした。

「……まぁ、父方の方のね」

 紫音は曖昧に答える。しかし相手はこの回答で十分だったらしい。表情が、ぱっと明るくなった。

「そうなんだ! 先生って彼女いるの?」

「そもそも独身? 結婚してたりする?」

 彼女たちの期待の眼差しを受け、紫音は一度ためらいを見せてから目線を下げた。

「ごめん、ずっと会っていなかったからよく知らないの。本人に聞いて」

 突き放すように告げたが、彼女たちは気を悪くするわけでもなく『そうなんだ』と落胆と納得の反応を示し、さっさとその場を去っていく。講義室に残ったのは紫音と実乃梨だけになった。

 紫音を窺いながら気まずそうに実乃梨が口火を切る。

「ごめん。昨日、紫音が倒れた後、色々好き勝手憶測で言われそうだったから、思わず事情を話しちゃって……」

「やだな。謝らないでよ。むしろありがとうね。」

 実乃梨の気持ちを汲んで紫音はお礼を告げた。あんな目立つ行動をとってしまったら尾ひれをつけてあらぬ噂まで立てられそうだ。しかも相手が相手だ。

 嘘をつくのは心苦しいが、凰理との本当の関係など言えるはずもないし、言ったとしても信じる人間はひとりもいない。実乃梨がさっさと説明してくれていてよかったのだ。