「それで、次は洋服だけど……」
 腹が満たされてうつらうつらしはじめた男を横目に、ミクは言った。「玲央の服と下着を貸してあげるのでいい?」
「いや、無理だって。まずサイズがぜんぜん違うだろ」兄は(しぶ)った。「だいたい、なんで俺が、おまえの連れこんだ男にパンツを貸してやらなきゃならないんだ?」
「男じゃないよ、わたしの犬だよ。……それに、飼っていいって言ったのは玲央なのに」
「たとえ《《おまえの犬》》だとしても、俺は自分のパンツをよそのオスに貸したりはしない」
 兄が頑として言いはったので、ミクは近所のコンビニに行き、羞恥(しゅうち)をこらえて男性者の下着を買ってくるはめになった。こんな夜に、男物のパンツを買う若い独身女性がどんなふうに映るか、想像に(かた)くない。

(彼氏のどころか、お父さんの下着も買ったことないのに)

 そう思うと、レジの前で財布を出して、行き場のない悲しみに襲われた。本当なら、今ごろあの犬を家に迎えて、その世話をしているはずだったのに。
(どんなフードがいいかな、とか、首輪を一緒に選んだり……)
「うん?」
 それは、形は違えど、いまやっていることとそこまで大きく違わないような気もする。
 では、これでいいのか、と聞かれると、それも違う気がするし……。ミクが飼いたいのは犬であって、若い男性ではないのだ。
 どうしてこんなことをしているのか? と考えだすと、自分で自分が一番よくわからない。

 ご丁寧に紙袋に包まれた男性用下着を手に家に戻ると、今度は寝床についての論争が持ちあがっていた。

「譲渡会で、ミクは『一緒に寝ようね』と言った」男は主張した。「危機的な状況でない限り、主人は約束を守るべきだ」
 正々堂々といった感じの主張だが、半裸のままでは説得力に欠けるし、そもそもまずパンツを履くべきだろうし、とそのミクは思う。

「犬だったらいいけど」
「俺は犬だよ」
「うーん……」
 『一緒に寝ようね』とは、たしかに言った。それを人間の男が口に出すとなんだか違う意味に聞こえるが。

「とにかく、その格好の男の人とは一緒に寝られないから。パンツを履いて、玲央の部屋で寝てくれる?」