黒い帽子を深く被り、マスクを着けて顔の半分を隠す。目立たないように選んだ全身黒の恰好は、明るい昼間にふさわしくなく、余計に目立っている。しかしその人物は、運よく誰ともすれ違うことなく目的地に到着し、物陰に隠れていた。
住宅街の中にある小さな公園を睨みつける。その公園には遊具が少なく、公園というよりは広場に近かった。
そこでは少女と男性がボールを使って遊んでいた。その二人が目的の人物で、マスクの奥で口角が上がる。だが、まだその場で男性と少女を睨む。
男が優しい声で呼びかけると、少女は両手で持つ大きなボールを、バウンドさせながら目の前の男に投げる。転がりながら届いたボールを拾い上げると、男は少女に笑いかけた。少女はよくできたと褒められたような気分になって、照れたように笑う。
男から少女に返すために転がされたボールは、しゃがんで取ろうとした少女の真横を通り過ぎていく。少女は首を後ろにひねり、ボールの行く先を見つめる。少女の後ろには壁があり、ボールはそれにぶつかって跳ね返ってくる。少女は立ち上がると、足早にボールを取りに行った。
落とさないように両手でしっかりと持ち、取れたことを報告するかのように振り返った。しかし少女は目を見開き、ボールを落とした。ボールは少女のそばでバウンドし、ゆっくりと少女から離れていく。
少女は何が起きたのかわかっていなかった。
目の前で笑っていたはずの男が倒れて砂利を赤く染め、その後ろにナイフを持った人物が立っていたのだ。
「こいつも、お前も必要ない」
それはマスクのせいでこもった声になり、少女の耳には届かなかった。
しかし少女をまっすぐ睨んだことで、少女は恐怖だけは感じ取った。少女はただ立ち尽くすことしかできなかった。
犯人が少女に近付くために一歩踏み出したとき、背後で玄関が開く音がした。横目で出てきた人物を確かめると、両手にお茶の入ったコップを持った一人の女性がそこにいた。犯人は顔を隠し、焦って少女のもとに駆け寄っていく。
女性はすぐには状況を飲み込めなかったが、ナイフを手にした者が少女に近付いていくところを見て、持っていたコップを手放し、少女の前に飛び出した。背を向けた女に、容赦なくナイフが突き刺さる。女性は痛みに耐える表情を浮かべた。
犯人が慌てて女の背からナイフを抜いたことで、女性がうめき声をこぼす。それを聞かなかったふりをして、再び少女を狙う。しかし、意識を失いかけているはずの女は少女を抱え込むように抱き締め、離そうとしない。
犯人の目には動揺の色が見える。
「……お前のほうがいらない」
その場から立ち去ろうとしたとき、恐怖に染まった少女が目に入った。そのとき、ある考えが浮かんだ。また片側だけの口角が上がる。
犯人は少女にさらなるトラウマを植え付けるように、少女の左肩にナイフを突き立てた。少女は女性がしたように痛みに耐える表情を浮かべる。それから少女の目じりに涙が見えた。それを見て満足したのか、公園を走って出て行った。
やはり状況は飲み込めていなかったが、肩を刺された痛みに耐えられなくなり、少女は声を上げて泣いた。
それが聞こえて不思議に思った野次馬が、公園に集まり始める。事態を把握した誰かが、警察と救急車を呼んだ。
男と女の傷は深く、二人は命を落とした。少女は命に別状はなかったが、記憶の混乱が見られた。そして声を失い、ひどく塞ぎ込んでしまった。
そして殺人犯が捕まらずに、十五年のときが流れた。
住宅街の中にある小さな公園を睨みつける。その公園には遊具が少なく、公園というよりは広場に近かった。
そこでは少女と男性がボールを使って遊んでいた。その二人が目的の人物で、マスクの奥で口角が上がる。だが、まだその場で男性と少女を睨む。
男が優しい声で呼びかけると、少女は両手で持つ大きなボールを、バウンドさせながら目の前の男に投げる。転がりながら届いたボールを拾い上げると、男は少女に笑いかけた。少女はよくできたと褒められたような気分になって、照れたように笑う。
男から少女に返すために転がされたボールは、しゃがんで取ろうとした少女の真横を通り過ぎていく。少女は首を後ろにひねり、ボールの行く先を見つめる。少女の後ろには壁があり、ボールはそれにぶつかって跳ね返ってくる。少女は立ち上がると、足早にボールを取りに行った。
落とさないように両手でしっかりと持ち、取れたことを報告するかのように振り返った。しかし少女は目を見開き、ボールを落とした。ボールは少女のそばでバウンドし、ゆっくりと少女から離れていく。
少女は何が起きたのかわかっていなかった。
目の前で笑っていたはずの男が倒れて砂利を赤く染め、その後ろにナイフを持った人物が立っていたのだ。
「こいつも、お前も必要ない」
それはマスクのせいでこもった声になり、少女の耳には届かなかった。
しかし少女をまっすぐ睨んだことで、少女は恐怖だけは感じ取った。少女はただ立ち尽くすことしかできなかった。
犯人が少女に近付くために一歩踏み出したとき、背後で玄関が開く音がした。横目で出てきた人物を確かめると、両手にお茶の入ったコップを持った一人の女性がそこにいた。犯人は顔を隠し、焦って少女のもとに駆け寄っていく。
女性はすぐには状況を飲み込めなかったが、ナイフを手にした者が少女に近付いていくところを見て、持っていたコップを手放し、少女の前に飛び出した。背を向けた女に、容赦なくナイフが突き刺さる。女性は痛みに耐える表情を浮かべた。
犯人が慌てて女の背からナイフを抜いたことで、女性がうめき声をこぼす。それを聞かなかったふりをして、再び少女を狙う。しかし、意識を失いかけているはずの女は少女を抱え込むように抱き締め、離そうとしない。
犯人の目には動揺の色が見える。
「……お前のほうがいらない」
その場から立ち去ろうとしたとき、恐怖に染まった少女が目に入った。そのとき、ある考えが浮かんだ。また片側だけの口角が上がる。
犯人は少女にさらなるトラウマを植え付けるように、少女の左肩にナイフを突き立てた。少女は女性がしたように痛みに耐える表情を浮かべる。それから少女の目じりに涙が見えた。それを見て満足したのか、公園を走って出て行った。
やはり状況は飲み込めていなかったが、肩を刺された痛みに耐えられなくなり、少女は声を上げて泣いた。
それが聞こえて不思議に思った野次馬が、公園に集まり始める。事態を把握した誰かが、警察と救急車を呼んだ。
男と女の傷は深く、二人は命を落とした。少女は命に別状はなかったが、記憶の混乱が見られた。そして声を失い、ひどく塞ぎ込んでしまった。
そして殺人犯が捕まらずに、十五年のときが流れた。