「これだけうまいなら、すさまじい執着心持つ野郎でも、しょうがないかな」

「栗名、絵が好き?」

「好きっていうほど見てない。でも、ド素人だってこれはわかるよ。プロでも、いや、日本中でもいないよ。こんな激しい線」

 涼の描く線は荒々しかった。
 栗名を描いた、人物画。
 そこにある人間の顔は迫力に満ち、絶対的な自信にあふれた見事な美丈夫だった。その絵は栗名の今現在の年齢ではなく、もっとずっと大人になった、青年の姿だった。

「僕は人の未来が見えるんだ」

「だから年齢を変えるのか。これ俺だけど、俺じゃないもん」
 
 ――よかった。彼に伝わって。
 涼は胸のうちで深く安堵した。

「君の仲間が、ここを教えてくれたんだよ」

 すると栗名は、ぷっと吹き出した。

「ばーか、あれはお前を試したんだよ。俺の家、めちゃくちゃわかりにくいもん。バスもほとんどないし、自力でここに来たやつは、お前が初めてだよ」

 涼がきょとんとすると、栗名はますます笑った。

「今日休んだのは、妹が熱出したから。うち母親しかいないから、俺が父親の役をやるの。あの学校、口うるさくなくてよかったよ。バイトもやっているけど内緒な」

 栗名はニッと笑った。その笑顔が素敵で、涼は思わず口走った。

「必ず画家になって、君をスターにさせてあげるからね」

「先取りしすぎだ。馬鹿」

 日が落ちようとしていた。
 四月はまだ空気が寒く、徐々に身体が冷えていく。青を塗り重ねるように、少しずつ夜になっていく空を、涼はそれでも美しいと思った。