四月の暖かな日差しはすでに暗くなり、橙色の空が雲を淡く染めあげている。ここはとても落葉樹が多いな、と涼は感じた。まるで森の町のようだ。木々とコンクリートの建物と、車二台ほどが通れるくらいの道路。大人一人分の遊歩道。周りはほぼ、レンガ色をしたマンションだった。

「すごい団地だな……」

 どうやって栗名の居場所を突き止めようか考えていると、当の本人が両手にゴミ袋を下げてすぐ近くの家から出てきた。

「あ……」

 鉢合わせになった涼と栗名は、一瞬ふぬけたように目を合わせた。

「……佐藤?」

「うん」

「……なんでお前がここにいんの?」

「住所を突きとめた」

 とっさに身を構えた栗名に、涼はさっとスケッチブックを差し出す。

「この絵を見てほしい」

 栗名は嫌そうにしながらも、袋をゴミ収集所の箱に入れて、手を払ったあと受け取った。

 どうか伝わりますように。
 涼は、祈りを込めた。

 ページを開いた栗名の目が、見開かれる。
 そのまま栗名は、まるで電池がショートしたロボットみたいに静止してしまった。
 彼の体の時間が混乱しているのか、栗名の顔は赤くなり、次に青くなり、最終的に泣き出しそうな表情になった。
 
 唇が、ひどく震えている。
 栗名は目を奪われていた。
 スケッチブックの中の、自分の微笑みに。
 
「……これ、俺なの?」

 栗名はそっと顔を上げて、涼の目を見た。
 深い感銘を受けた表情が、彼の顔にある。

「君だよ」
 
 涼は強くうなずいた。
 あの時間、一心不乱に筆を走らせていた自分を思い出す。
 手が止まらないほど描ける喜びに浸っていくのは、本当に久しぶりだった。

「僕は、栗名のことを描きたい」

 強く言った。
 涼は、自分の残すべき作品《モデル》を見つけたのだ。

「僕は画家になるべき人間なんだ」

 音楽でも小説でもない。
 涼は、この世のすべての美しさを伝えるために、絵を描く人間として生まれてきたのだ。
 涼は絵しか描けないのだ。絵のために生きるのだ。
 これはすべての始まりだ。

 腹の中でくすぶっていた、悩みとも鬱憤ともつかない何かが、すとん、と身に落ちた。
 代わりに、何か熱い塊が押し寄せて、全身を駆け巡っていくのも感じ取った。

(たとえ茨の道でも)

 涼は胸の奥で、誓いを立てた。
 栗名が、ふっと笑う。