手の中の鉛筆は徐々にスピードを緩め、最後の細かな修正を終えるとぴたりと動かなくなった。
 三人は呆然としていた。
 涼はページ三枚分をはがして三人に配った。

「うまい……」1号。

「くっそ、うまい」2号。

「そもそもなぜこんな線を描けるのかわからない」3号。

 涼はスケッチブックをしまい、彼らの目を見据えた。

「僕は真剣に栗名紅葉を描きたいんだ」

 三人は押し黙った。
 どれくらい睨まれていただろう。
 1号が沈黙を破った。

「栗名の自宅はここから三駅目にある」

 二人が1号を見上げた。目がこれ以上ないほど飛び出ている。

「……K王線沿線?」

「ああ。各駅停車で行って三番目の駅から徒歩十五分くらいだ。市民バスも出ている」

「そうか」

「バスに乗れば十分くらいでO町団地へ行く。そこが栗名のマンションだ」

「教えてくれてありがとう」

 涼はすぐに踵を返し、廊下を早足で進んだ。後ろから凸凹コンビが「馬場ちゃんの阿保!!!」と叫んでいるのが聞こえてきた。あの大きな男は馬場ちゃんというのか。涼はついでに覚えた。

   ++

 C駅から三つ目の駅に着いたものの、肝心のバスが三十分に一本だった。ひまでしょうがないので絵を描いて時間をつぶそうと思い、下書きをしていたら思いきり集中してしまって三十分をとうに過ぎてしまった。また三十分後だ、と反省して少し時計を気にしながら丁寧に色を塗り始めた。色鉛筆とクレヨンで色を足すうちに、本気で仕上げたいと気合が入り始めて、結局完成させてしまった。

 はたと気づくと、周りに年配の方々が集まって「絵描きさんだよ」「若いのにすごいねえ」とにこにこ話しかけてきたので、涼は適当に笑ってそそくさと逃げた。
 
 ちょうど時間だったらしく、小さな明るい緑色のバスが到着していたのでそこに飛び乗る。
 運賃を払ってほっと一息つく。座席はまたお年寄りで埋まっていたので吊革につかまった。小型の市民バスは見かけに似合わず豪快に道を走り、車内はがたがた揺れた。M野台地と呼ばれる坂道の多さに少し酔いそうになったところで、栗名の住む団地にたどり着いた。
 
 降りると、もう夕方近かった。
 結局一時間半近くかかってしまった。