そうして胸をいっぱいにしてエンドロールを眺めていた私が我に返ったのは、隣から鼻をすする音が聞こえた時だった。

「…え?」

 振り返ると、テンドウが涙を浮かべていた。私の声を聞いて顔を上げても、目元から溢れたものを隠すことなく拭っている。こんな姿を女の子に見られたくない、なんてこれっぽっちも思ってない様子で…。

 どうしたの、大丈夫?

 その一言が掛けられない。いつも何だかんだと言い合っているのに、一瞬にして手の届かない存在になって嗚咽をもらしているのだ。

 彼がようやく喋ったのは、長いエンドロールが終わって、テレビ画面がすっかり暗くなってからだった。

「やっぱりいい話だね。ヒロインの子は何も言わないんだけど、気持ちが伝わってくる。笑っているのに、どんなに主人公を想っているか分かるんだ」

 その声を聞いて私も、やっと口を開いた。

「小説の時から気に入ってたもんね。映画の女優さんも可愛かったから、もっと好きになったんじゃない?」

「うん。子供の頃からずっと好きで、彼のことを何年も追っているっていうのがいい」

「まぁ、現実にはありえないけど」

「そうかな?」

「女の子って、何がきっかけで気持ちが変わるか分からないから。昨日まですごく好きだったのが急に嫌いになったり。その逆もあるけど…」

 そんなことを言いながら、ソファの反対側に座っている彼の姿を覗いていた。

きっと、奏や千沙と一緒に観たら、演劇部的にヒロインの心理変化をあれこれと考察しただろう。琴がいたら、物語の展開に笑い転げていたかもしれない。みんな、ヒロインに共感しながら、自分だったらここまでやらない、と冷静に見つめたに違いない。

いつも気持ちの赴くままに生きているようでいて、女の子は、自分がどんな環境に置かれているかちゃんと見ている。目の前で起こった出来事に興奮しながら、心の片隅で冷めているのだ。

その点、男の子は不器用だ。良くも悪くも一つのことにしか気持ちを注げない。映画を観てこんなにも感極まってしまうなんて、純粋な心に憧れる。やっぱり、感性も感覚も違うんだ、とため息をついてしまう。

と思ったのだが、それからどうやって研究を進めていくか、という話になって、テンドウは、男の子の中でもちょっと特別なのかもしれない、と思うようになった。

「どうして、あんなにヒロインに引き込まれるんだろう?俺は、彼女の何に魅かれたんだ?その理由を調べれば、小説の魅力が分かるんじゃないかな?」

「…そうだね」

「やってみようよ。二人で考えたら、気づいてなかったことが出てくるかもしれない」

 テレビの下からDVDを取り出した彼は、怠け者の根性を何処かに置き忘れたみたいに打ち合わせを始めた。冷静に聞いたら恥ずかしくなるようなことを大真面目に持ち掛けて、私を戸惑わせた。

 もしかしたら、本当に気に入ったことにならやる気を出す子なのかもしれない。勉強や部活といった外から押し付けられたものには背を向けるが、これと思ったことには惜しみない情熱を注ぐことができる。

 だとしたら、生きていくうえで致命的な欠点だ。これからどんなに苦労していくが、考えただけで暗くなってしまう。

 でも…そうだとしても、彼にそんな一面があってよかった。大事にしてほしい、と思った。この貴重な長所を課題に活かせないか、打ち合わせをしながら真剣に考えていた。

 映画を観終わった後、私たちは、テーブルの上にほったらかしにしていた松花堂弁当を改めて食べた。老舗料亭の味に舌鼓を打って、祖母の配慮と料理人の腕に感謝しながら。

 そして、DVDを観て感じたポイントを出し合い、八月になったらプレゼンの段取りを組んでいくことで打ち合わせを終えた。ちょっと前だったら、テンドウがちゃんとやってくるか、また期日を先に延ばしたりしないか心配だったが、もうそんなことにならない、きっと私以上に熱心に作ってくるだろう、と安心してソファから腰を上げ、また余計なことを口走っていた。

「このまま帰る?それとも、その辺を歩いてみる?」

 振り返ると、彼はソファに座ったままスマホの画面に見入っていた。よほど大事なことが書いてあるのか、たった今届いたらしいメールを一心に読みふけっている。

 何だろう。やっぱり、凪さんからだろうか…なんて気を揉んでいたら、不意に大きな体を立ち上がらせ、別人を見るような眼差しで私に言った。

「うん。リンが住んでいる街を見てみたい」