そうして健闘を誓い合ったのが六月中旬だった。

 それから雨が降りつづく中、私たちは毎日のように言葉を交わし、昼休みや放課後に図書室の貸出カウンターに並んで座った。

天道くんは相変わらず友達から借りた格闘漫画に夢中で、図書委員の仕事を私に任せきりだったけれど、本読んでいる?と聞くと、もちろん順調だよ、と答えるので安心していた。窓側の席で同じ本を掲げた時のことを思い出して、よしよし、と心の中でうなずいていた。

七月に入って期末テストが近づくと、天道くんはまたも没落王朝貴族みたいな顔をして、バーコードリーダーを手にした私に泣きついてきた。

「どうしよう。英語のリスニングが最悪なんだ。あと、古文も…」

またか、中間テストであれほど痛い目にあったのに…そう思いながらも、

「じゃあ、ノート貸してあげようか?」

 と私は、彼を受け止めた。最早、天道翔の術中にはまった感がなくもなかったが、学園祭イベントの大事なパートナーだから仕方ない。彼が心おきなく研究に臨めるようにできる限り協力しよう、そう思ってリスニングと古典と、あと地理と化学も見てあげた。

 その結果、天道くんは期末テストで何とか落第点を逃れ、無事、夏休みを迎えることができた。

「ありがとう。リンちゃんがいなかったら、どうなっていたか分からなかった」

 子犬のようにくりくりした瞳で感謝されると、への字にした口元がつい緩んでしまう。結局、彼のいいように使われているだけかも、と自分にため息をついていた。

 でも、これで心配事がすべて消えた。気象庁が梅雨明け宣言したその日、私は、清々しい夏の空と同じ心持ちで黄色い電車に乗り、学校の最寄り駅に降り立った。

今日は夏休み初めての図書室当番。そして、学園祭のプレゼンに向けて作品の研究を始める日だ。

この日に向けて私は、二人で選んだライトノベルを二回読んで、印象に残った場面やキャラクター像など、自分なりに捉えた個所をレポート用紙にまとめてきた。

天道くんと互いの見解を持ち寄り、そこで見つけたポイントを並べたら、きっと研究が進むだろう。

そう思うとわくわくして、コンコースに上がる階段を跳ねるように上っていった。改札口で待ち合わせ、なんて言われた時はとても恥ずかしかったけれど、当日を迎えたら、駅ナカコンビニの前で待っていた彼に気持ちよく、おはよう、と言うことができた。

「やぁ、おはよう」

 天道くんは、ファッション雑誌のモデルみたいなとびきり爽やかな笑みを浮かべて迎えてくれた。いや、いつもと変わらなかったかもしれないが、この時ばかりは、私一人のために国立の家から出掛けて改札口で待っていてくれた、としか思えなかった。

 そして、いつも彼と凪さんが手を繋いでいく通学路を、天道くんと並んで歩いている時だった。毎日購買に納品しているホームズパン屋も、商店街の角のお団子屋も、江戸時代に造られた用水路も、瑞々しい景色すべてが、その言葉一つで灰色に塗りつぶされた

「ごめん。今日の打ち合わせ、来週に延ばしてくれないかな?」

「どうしたの。何かあった?」

「実は…まだ読み終わってなくて。もう少しなんだけど…」

「後どれくらい?」

「うん…三百ページ、くらいかな」

 彼は、やはり爽やかな笑みを浮かべて頭を掻いていた。でも私は、同じ表情でその姿を見上げることができなかった。

「…どういうこと?」

 あの本は、全部で四百ページ近くある大作だ。つまり天道くんは、まだ物語の序盤しか読んでいないということだ。

この作品にする、と決めてから一か月以上経っているのに… 来週まで読んでくると言われても、とてもできると思えない。そんなことを平然と言ってのけられたら、校門の前で足が止まり、一歩も動くことができなかった。

「リンちゃん…?」

 下を向いて立ち尽くしている私に、さすがの天道くんも、やばい、と思ったのだろう。すぐに駆け寄って、大きな体を折り曲げて声を掛けてきた。

「本当にごめん。絶対、来週までに読んでくるから、それまで待ってくれないかな?」

「……」

「こんな大変な課題、俺一人じゃ絶対できないから。きみの力がどうしても必要なんだ」

 慣れた手つきで肩に触れながら、だから行こう、と私を促した。