林田鈴は天道翔とそうした関係になりたい訳ではない。確かに、高校生らしからぬ佇まいで乙女心を虜にする人かもしれないけれど、私のようなタイプには似合わない相手だ…。
こちらの内なる声に気づくことなく、天道くんは、その後も図書委員の相棒であるリンちゃんを頼りにした。
『誰かに付きっきりで教わらないと何もできない。その時は林田さんを頼りにしていい?』
あの言葉は、ただの社交辞令かと思ったけれど、彼は本当に図書室で本を借りたことがないらしく、何から何まで私に聞いた。一緒に説明を受けたのに、まるで聞いてなかった素振りで本の貸出から返却の手順、予約の受付に至るまで、「これ、どうするんだっけ?」と顔に似合わぬ甘えた声を掛けてきた。
「天道くん。もし違っていたら申し訳ないんだけど…」
あまりに頻繁に同じ質問をされるから、ある時、思い切って聞いてみた。
「私が一緒にいるから安心してない?一人でできるようにならないといけないって、思ってないんじゃない?」
放課後、図書室の受付カウンターに座っている時だった。ちょっとあからさまな言い方だったかな、と思いながら彼の顔色を窺った。
すると天道くんは、私の不安など一ミリも感じていない様子で答えた。
「思ってないよ。だって、こんな複雑な仕事なんだもん。本を借りにきた人を待たせて、すごいスピードで機械を使うなんて」
「…え?」
「俺には絶対無理だ。書架の整理みたいに、自分のペースでのんびりやるのならいいけど」
まるで人生最大の壁に直面しているとでも言うように、大きな体をベターっとなめくじみたいにカウンターに張り付かせて、けだるい声を上げる。
これの何処が複雑な仕事なの?生徒が持ってきた本を受け取って、バーコードリーダーをピッと当てて、プリンターから出てきた貸出レシートを本に挟んで、はいどうぞ、と差し出すだけだよ…。
そう言ってやりたかったけれど、友達でもない男子にそんな言い方はできない。かと言って、望みどおり書架の整理に回って「ご隠居生活」を堪能してもらうのもごめんだ。悩んだ末、自分が席を立って、このよちよち歩きの赤ちゃんを一人前に育てることにした。
「じゃあ、私、奥で仕事しているから。何かあったら呼んで」
そうして、しばらくの間、放置することにした。一人きりにされたら嫌でも覚えるだろうと思って、用もないのにバックヤードに引っ込んだ。
こうしていれば、彼との関係で変な噂も立たない。一石二鳥、という訳だ。そう思って、窓際からグラウンドを眺めながら深呼吸していたら、
「リンちゃん。カウンター応援お願い」
息つく間もなく、ドラッグストアの業務放送みたいな声が降ってきたから飛び上がった。聞こえない振りして頑張らせよう、とも思ったが、生来正直者の体が勝手に反応して、彼の元に駆けつけてしまった。
きっと本を借りに来たポニーテールの女の子は、天道くんにやってもらえると思って心浮き立っていただろう。バックヤードから私が現れ、あたふたしている手からバーコードリーダーを奪って瞬く間に本を差し出したものだから、あからさまにがっかりしていた。
それから、あれこれ試したみた。彼の横に張り付いて、カウンター業務を手取り足取り指導するとか。返却された本をどうしたら効率よく書架に戻せるか、クイズ形式でヒントを出しながらやってもらうとか。何とか彼に覚えもらおうと馬鹿正直に、根気よく、自分でも感心するくらい面倒を見た。変な噂をたてられたどうしよう、なんて心配も途中から忘れてしまった。
なのに、そこまでやったのに天道くんは、殆ど仕事を覚えなかった。まるで、一人前になってしまったら私と関わる機会を失くしてしまう、とでも思っているみたいに、些細な確認やどうでもいいことまで声を掛けてきて、ちょっとイラっときている私の説明を楽しそうに聞いていた。リンちゃんって本当にすごいね、心から尊敬するよ、なんて心にもないことをしみじみと語り、そこで一瞬ぐらっときている私の反応を見て、やはり楽しそうに微笑んでいた。
こちらの内なる声に気づくことなく、天道くんは、その後も図書委員の相棒であるリンちゃんを頼りにした。
『誰かに付きっきりで教わらないと何もできない。その時は林田さんを頼りにしていい?』
あの言葉は、ただの社交辞令かと思ったけれど、彼は本当に図書室で本を借りたことがないらしく、何から何まで私に聞いた。一緒に説明を受けたのに、まるで聞いてなかった素振りで本の貸出から返却の手順、予約の受付に至るまで、「これ、どうするんだっけ?」と顔に似合わぬ甘えた声を掛けてきた。
「天道くん。もし違っていたら申し訳ないんだけど…」
あまりに頻繁に同じ質問をされるから、ある時、思い切って聞いてみた。
「私が一緒にいるから安心してない?一人でできるようにならないといけないって、思ってないんじゃない?」
放課後、図書室の受付カウンターに座っている時だった。ちょっとあからさまな言い方だったかな、と思いながら彼の顔色を窺った。
すると天道くんは、私の不安など一ミリも感じていない様子で答えた。
「思ってないよ。だって、こんな複雑な仕事なんだもん。本を借りにきた人を待たせて、すごいスピードで機械を使うなんて」
「…え?」
「俺には絶対無理だ。書架の整理みたいに、自分のペースでのんびりやるのならいいけど」
まるで人生最大の壁に直面しているとでも言うように、大きな体をベターっとなめくじみたいにカウンターに張り付かせて、けだるい声を上げる。
これの何処が複雑な仕事なの?生徒が持ってきた本を受け取って、バーコードリーダーをピッと当てて、プリンターから出てきた貸出レシートを本に挟んで、はいどうぞ、と差し出すだけだよ…。
そう言ってやりたかったけれど、友達でもない男子にそんな言い方はできない。かと言って、望みどおり書架の整理に回って「ご隠居生活」を堪能してもらうのもごめんだ。悩んだ末、自分が席を立って、このよちよち歩きの赤ちゃんを一人前に育てることにした。
「じゃあ、私、奥で仕事しているから。何かあったら呼んで」
そうして、しばらくの間、放置することにした。一人きりにされたら嫌でも覚えるだろうと思って、用もないのにバックヤードに引っ込んだ。
こうしていれば、彼との関係で変な噂も立たない。一石二鳥、という訳だ。そう思って、窓際からグラウンドを眺めながら深呼吸していたら、
「リンちゃん。カウンター応援お願い」
息つく間もなく、ドラッグストアの業務放送みたいな声が降ってきたから飛び上がった。聞こえない振りして頑張らせよう、とも思ったが、生来正直者の体が勝手に反応して、彼の元に駆けつけてしまった。
きっと本を借りに来たポニーテールの女の子は、天道くんにやってもらえると思って心浮き立っていただろう。バックヤードから私が現れ、あたふたしている手からバーコードリーダーを奪って瞬く間に本を差し出したものだから、あからさまにがっかりしていた。
それから、あれこれ試したみた。彼の横に張り付いて、カウンター業務を手取り足取り指導するとか。返却された本をどうしたら効率よく書架に戻せるか、クイズ形式でヒントを出しながらやってもらうとか。何とか彼に覚えもらおうと馬鹿正直に、根気よく、自分でも感心するくらい面倒を見た。変な噂をたてられたどうしよう、なんて心配も途中から忘れてしまった。
なのに、そこまでやったのに天道くんは、殆ど仕事を覚えなかった。まるで、一人前になってしまったら私と関わる機会を失くしてしまう、とでも思っているみたいに、些細な確認やどうでもいいことまで声を掛けてきて、ちょっとイラっときている私の説明を楽しそうに聞いていた。リンちゃんって本当にすごいね、心から尊敬するよ、なんて心にもないことをしみじみと語り、そこで一瞬ぐらっときている私の反応を見て、やはり楽しそうに微笑んでいた。