悪化していっているような気がして当惑する。青年期失顔症に〝悪化〟というものが存在しているなんて知らなかった。この言葉が適しているのかも定かではないけれど、最もしっくりする表現がこれだった。

 私になにが起こっているのが怖くて堪らなくなり、朝比奈くんや叶ちゃん先生に今すぐにでも助けを求めたくなるけれど、きっとこの場を去ることは誰も許してくれない。



「もしかして原因って朝比奈くん?」

 誰かの一言が、波紋を呼ぶ。先ほどよりも騒がしくなっていく。このままでは朝比奈くんが巻き込まれてしまう。


「ちがうよ!」

 早く否定しなくてはと声を上げると、今度ははっきりと自分の声が聞こえた。けれど、周囲からは疑惑が次第に確信に変わったような眼差しを向けられる。


「朝比奈? まさか朝比奈聖のことか?」

 ずっと黙って私たちの様子を見ていた桑野先生が顔を顰めて、杏里たちに聞いた。そうですと答えた彼女たちを恨めしく思いながらも、今度は桑野先生に向かって声をあげる。


「朝比奈くんは、なにも関係ありません」
「じゃあ、なんであいつの名前が出てくるんだ?」
「それは、体調不良のときに助けてもらっただけです」

 本当のことは言えないけれど、彼が無関係なのだと必死に訴えた。けれど桑野先生は眉をつり上げて、苛立っているような表情で私を見下ろしている。

 部内の空気を歪めて、退部したがっている私が色恋に現を抜かしているのだと思い込み、憤慨しているのだろう。このままでは朝比奈くんがとばっちりを受けてしまうかもしれない。それだけはどうしても避けたい。けれど説明すればするほど、周囲からは怪しまれてしまう。


「てかさぁ、朝葉ちゃんが部活辞めたいのって、他の二年たちが朝葉ちゃんに雑用押し付けるからでしょ」

 静観していた三年の先輩が腕を組み、二年生たちを鼻で笑う。

「困るもんね、今まで雑用押し付けていた人がいなくなるとさ」
「雑用? どういうことだ。金守! 説明しろ」

 先輩の言葉に反応した桑野先生がすぐ近くにいる杏里を横目で睨んだ。すると杏里は怯えるように肩を震わせて、言葉を探すように目を泳がせる。


「えっと、いや……雑用っていうか、朝葉が片付けとか、一年生のメニューの相談とか、ドリンク作りを一年に教えたりしてくれてて」
「俺は、二年生全員で一年生の面倒をみるように言ったはずだが?」

 厳しめの声で桑野先生が責めるように言うと、他の二年生がすぐにフォローに入る。

「私たちが言っても、怖いとか影で言われるから朝葉にお願いしただけです」


 同意を求めるように視線を向けられたけれど、私は頷かなかった。
 あれはお願いではなくて、押し付けて命令するようだった。一年生って面倒だし、文句を影で言うから一番好かれていそうな朝葉がやったほうがいいと言って、周りもそれに賛成した。私の意見なんて、聞いてくれず、結局私が一年生の担当のようになってしまったのだ。


「っ、私たちそんなこと言ってません!」
「はぁ? あんたらの声大きいから聞こえてんですけど」

 珍しく食らいついてきた一年生に二年生たちが血相を変えて言い返す。すると三年生たちが呆れたように二年生たちを睨んだ。


「うっわ、自分のこと棚上げでよく言うよね。二年だってうちらの陰口言いまくってくるくせに」

 場の空気の悪さが、誰かが口を開くたびに悪化していく。文句が一つ出てくれば、それに反論する人が出てくる。言葉を発していない私が呼吸が苦しくなっていく感覚がした。


「はぁ、今日はとことん喧嘩でもしろ。言いたいこと全部言い合えば、すっきりするだろ。な、間宮」
「……それ、本気で言ってますか」

 この状況を見て、桑野先生は続けろと言っているのが理解できなかった。根本的な問題を話し合い、導くのではなく、ただすっきりするために不満を吐き出すなんて、解決するようには思えない。


「……っ言いたいこと言い合って、それで事が全て丸く収まるわけないですよね」

 本心を話すことによって打ち解けることだってあるけれど、でもこれは違う。相手に対しての醜い感情をぶつけて、相手の行いを周りに知らしめて、さらに亀裂が生まれてしまっている。


「間宮、本当は人付き合いが下手なんだな」

 桑野先生に失望したような眼差しで見下ろされる。この人には私の言葉なんて届かない気がした。


「お前にはがっかりだ。もっと責任感があって、自分を持っているやつだと思っていた。せっかく次の部長にと思っていたんだがな」

 なに、それ。言葉が勝手に漏れた。
 勝手に期待して、押し付けて、周りの捌け口にされても見て見ぬふりをしていた桑野先生に対して、怒りよりも悲しさが降り積もっていく。


 私はもう自分の顔が見えない。失ってしまった。
 その原因のひとつが部活で、そしてこの人も関わっている。けれどきっと気づいてはくれないだろう。いっそのこと言ってしまおうかと思ったけれど、部員たちにバレたら学校中に広まってしまうのは抵抗がある。