シオンは、
ハジメ達と 別れた扉がしまると、
さっきのエレベーターで
ヨミから渡された、
ブランドホテルのロゴが
デザインされた
カードキーを 一瞥して、
自分のポケットへ
入れる。

エレベーターのボタンを
見れば、
きっと ホテルフロアの
エレベーターキーも
兼ねているのだろうと 理解する。

もう随分前に 毎日使っていた
あの 『陰の学校』のカードキー。

真っ白で、何の表情も表示もない
カードキー。

駅ビルの迷宮に潜む、
『陰の学校』への道しるべ。

それは、
隣の同級生、アザミの潜伏家にも
出入りする為には 必要な
カードキーでもあった。

過去の記憶を辿る。

駅ビルを地下から入り、
左へと曲がる。

それをまた繰り返し
幾つかめの ビルテナントの
飲み屋街路地を左に折れた先に

その 間口の小さな
エレベーターは
あった。

このエレベーターで、
駅ビルのオフィスフロアに
上がれる。

戦後、西で最大の闇市があった
場所に、高度経済成長と共に
発展した 駅都市開発は、
この地域に、幾つも
高層駅ビルを建設させる。

昭和に建てられ、
それ以後どんどん 建て増し、
ビル同士の 階を渡して連絡通路、
地下街で 入り口を繋ぐ。

後から、継ぎ足し工事をして
膨らんだ駅ビル群は、
今となれば
その全容を知るものが
居るのか わからない
都市迷宮となっている。

そこに働くモノでも、
とりわけ 若い世代なら 特に
駅ビルの 上は 一生その迷宮を
知ることは無いだろう。

シオン達が
『陰の学校』を卒業してから、
耐震工事をするため、
建て直しをした 関係で、
大分、迷宮化は整備されたが、
それでも
利便性、デザイン仕様の
新しい近代ビルが
他に建設されると
人々の興味を惹くわけでもなく

時代の斜陽を見せるだけの
仕込み箱として、
話題にもならない。

そんな、迷宮を、
教えられた通りに シオンは
後ろから
尾けられる気配を感じつつ
なるべく、マクように
歩く。
と、いっても それは本当に
些細な抵抗だ。

1つ目のエレベーターを上がって
オフィスフロアに来る。

そのフロアから、
連絡通路を歩いて、隣の駅ビル。

そのフロアも、事務所ばかりが
入っているけど、シオンは
詳しくは わからない。

その一番奥。
非常階段のドアを、
例のカードキーで、

『ピッ。カチャン』
開ける。


「今日も、、」
「・・まあ、学校だろう。」

戸を開ける、

シオンの後ろから
男の声が
これ見よがしと耳に入る。

振り返り見る。
相手は、
隠れるでもない
スーツの男性
2人。

顔を 覚えても
意味はない。

シオンは
非常灯に浮き出す 扉を入って
キチンと締める。
見回せば
踊場に 2つめの、エレベーター。

年季の入った 駅ビル達の、
少しレトロな雰囲気がある
これまでのエレベーターとは
格段違う
真新しい。
エレベーターが、
場違いな非常階段の踊場に
出現するのだ。

これが、
サンクチュアリー聖域の入口。


シオンは
この毎日みる 非現実的行動と
最新鋭エレベーターの光景に、
最初こそ とまどったが、
今となれば この踊場が

安心して 息を吸える
場所になっている。

そんな
神聖な空気さえ 纏う、
エレベーターに
カードキーでタッチする。
このエレベーターには
外側にボタンは無い。

ややして、
エレベーターは静かに、
その扉を 常連である
シオンに開くのだ 。

『シオンさん、
このエレベーターは
このカードキーが無ければ呼ぶ
事も、動かす事も出来ません。
決して無くす、捕られるは
しませんように気を付けて。』

『陰の学校』入校の時に、理事と
呼ばれる男性に、諭された。

今日もシオンは、
エレベーターの中に並ぶ
ボタンの1つを押して、
カードキーで 認識ボタンを
タッチする。

そうすれば、

『シオンちゃん。お早よ!』

隣人 アザミが
教室の扉から顔を出した
シオンに 挨拶してくれる。

奥からは、中学組の子女達が
いかにも キャイキャイと
挨拶する声が 聞こえて、
それさえ 今のシオンには
微笑ましく 安堵する。

ちなみに、中学組の登校ルートは
入口も全く違うらしい。

「アザミちゃんっお早う。
あー、今日も目の下にクマ!
またー寝てないんじゃないっ?」

正統派美少女のアザミちゃん
なのに、目の下にクマ、、

さらりと
ショートヘアを揺らして
自然に目の下を、クックッと
指でマッサージをして
アザミは 笑う。

そう、
同じ女子でも見惚れる
『西山王の華』と、言われた
1つ年下の美少女、
西山莇美、、せいざんあざみ。

彼女の事は、
ここに来る前から
知っていた。

小中高一貫の女子学園の後輩。
美少女なのに、ショートヘア
なのが 学園で、人気で。

ジュニアボールルーム
ダンスの大会に出ていた。
彼女自身も有名だったから。

『シオンちゃんさ、今日は
大丈夫だった?
怖い事されてないの?』

オリエンタルな長い睫毛を
クッと広げて、毎日アザミは
シオンの安否を確認する。

シオンはチラリと
目の前の 美少女を
観察して、

「もうー。大丈夫だってっ。
なんなら 今日は、アザミちゃん
とこ行って、手伝っちゃうよ。
だから ご飯食べさせて
もらっても 良いっー?」

そうシオンが 鞄から教材を
出して、電話から母親にメールを
すると、アザミは

「シオンちゃんだって、いっぱい
バイトのシフトあるにさ。
手伝ってもらうの、悪いよ。」

シオンに謝る。

「いーのっ。それに、その方が
息詰まんないからっ。
アザミちゃんとこ、ホント安全
だし、居させてもらえるの、
正直言うとねっ、助かるよー。」

『カラカラカラ』

教室の引戸が空いて、

『はい!お早う。授業
始めましょうか。シオンさん、
アザミさん、1限目、世界史ね。
教科書の13ページ、開いて』

シオンは、
机に出した教科書の1つの
13頁を開いた。

世界史の授業を 始めた
女性教師の 講義を受けながら

何もかも『夜逃げ』て置いて
きた、自分の部屋を
思い浮かべる。

もう、
金目のモノなら なくなっている
だろう家財と一緒に、
あの 自室の部屋に
存在した 金庫も
無くなっているだろう。

あの中にあったものには、
もう 2度と会うことは
無い。

それでも、シオンの記憶には
鮮明に そのモノ達は
刻まれていて、
いつか そのモノ達の 謎を
紐解きたいと 思う。

今、籠の中のシオンに
やれることは、少ないけど、
何か自分の存在を
確かめながら 過ごさないと
生きて行けないような

不確定な毎日だった。


『世界史における、この時期の
日本の情勢というのは、、』


女性教師は、まるで難関大学
予備校の 有名講師のように、
全ての教科を、効率良く

興味深く講義していく。

質問にも 丁寧明確で、
引き込まれる。

世界史は 大戦時代。
世界恐慌であったり、国の
パワーバランスの変革が 顕著な
時代を 耳にしていて、

ふと 意識の交差点が
世界史を越えて、

かつての
『金庫の中身』に
シオンの意識の界隈が
戻ってしまった。


その古い大きな金庫は、
シオンの家に いつから
あったのだろうか?

シオンの部屋は 離れにあって、
女子学園の友達が
帰りに 寄る
溜まり場になっていた。

というのも、シオンの部屋は
美術部員っぽく
アトリエ化して、アンティーク
雑貨が混在した部屋は、
女の子の部屋にしては
渋く、それが
『いい感じ』らしい。

その中にあって、
存在感を放っているのが、
祖父の古い金庫だった。

祖父が亡くなり、
シオンが鍵を見つけたそれを、
珍しく集まった、女友達の前で、
シオンは 『解放式』をした。

入っていたモノは
金庫の大きさにも 似つかわしく
ない、3つのモノ。

玉璽のような風合いの印鑑。

菊紋が入った陶器の貨幣を入れた
陶器の銘々皿。

元は窓に嵌めていたであろう、
ステンドガラス、しかも一部分。
だった。
シオンを含め 女子達が、

『何?!これっ?! これだけ?!』と叫んだ。

宝石とか、真珠の指輪とか、
アクセサリー
あわよくば、お金が
あるかもしれないと
期待していた所の、謎のモノ。

シオンが見つけた、モノ。は
お祖父様が大事に
したものだったのは
分かるが、それ以降の状況を
助けるものには
ならなかった。


『カタン、、カタン』

女性教師が、
教卓の椅子に座る。
プリントで、講義した内容を
すぐにテストする。

意識は、
目の前のプリントに向くけど、
シオンは、
明日の授業終わり、
バイトに行く途中で
図書館によることを
決める。

また、後を尾けられながら
だろうけど
嫌がらせを 気にはしない。

自分を位置付けする
作業に没頭しないと。
そう、
勉強している間は
自分を
生きていられるから。

シオンは、
引き出した、シャーペンの
『星』の型のノックを
親 指先を押しあてて
自分の
白い指に『星』形を
グッと
つけてみる。

隣でプリントをする
『華』アザミ。
彼女は、友人や同級生というより
同士だろう。
成金のお嬢様といわれるが
オーラが違うから

彼女も 父親の倒産の憂き目から
護られる 『華』だ。

幼いころから
教育された品格と
姿の存在感と
名家でないとの 謙虚さ。

こんな時代でも、
封建な考えが まだある
世界はあって、

こんなお家状況なら 子女は
買われることもある。

現代の、裏面に凹みを
作っている世界を
シオンもアザミも
肌に感じながら

『学校』で小テストを終えて、
女性教師は確認すると

『カチャカチャ』

と、教卓脇のデスクトップに
打ち込む。
メールが届いた電子音もする。

宿題は出されない。
この授業だけで、
全てを 教え切り、
理解する。

今日があるからと
明日があるとは
限らない。

「シオンさん。お昼休憩の時に、
時間を貰っても
よろしいですか?
この間、寄付をしてくださる
方が 見学に こられました件で」

放課後もない学校だから、
呼び出しは 昼休憩中。

最近は、隣の中学組と
シオンとアザミは
一緒に ランチをしている。

シオンは「わかりましたー。」と
頷いて
アザミを見れば
彼女も、頷く。

『短大に自分で行きたいかい?』

寄付金元の名代と言った
タレた目の青年は、あの時
口を弓なりにして
シオンに聞いた。

きっと、その件だ。