『カスガ』は、
上司の 『レン』に連れられ
交差点から、左へと曲がる。
それをまた繰り返し
幾つかめの
路地を左に折れた先に
その 間口の小さな
ガラスの引戸は
あった。
『カラカラカラカラ』
「今日は、、」
「・・・・・失礼しまっす。」
引戸を開けて、
レンの後ろから
カスガが
キョロキョロと
ほのりと灯る
蛍光灯に浮き出す 店の中を
見回せば
年季の入った 木製の棚に、
斜めの 立て板が沢山 入り
それらは奥へと細長い
図書室のように 居並ぶ。
「わ!」
カスガには
アンティークな匂いの光景に、
吸い込まれるようにして
ふらり 棚に寄っていった。
そんな
カスガの 角刈りヘアの
後頭部を やや呆れ見て
上司のレンは、
常連らしく
カスガを 諭す。
「カスガ、この棚は
『馬の背』と呼ぶんだ。
傾斜がかった この、、棚。
引き出したら
活字の棚と、わかるはずだ。」
興味津々の様子を
隠しもしない
カスガに
レンは、並ぶ木製の棚の1つを
引き出して見せた。
『いらっしゃいませ。ああ!』
引戸の音が
合図なのか
奥から、眼鏡をかけた
いかにも 気のいい職人という
出で立ちの 主人が
応対に 出てきてくれる。
「いつもの名刺を。
墨色と紙を
変えて、また、お願いします。」
上司のレンは
さらりと
自然に注文をした。
そう、
社内でも『氷の貴公子』
と、言われる 年齢不詳な
この 美丈夫の上司。
どうやら、
ここには 通っている
みたいだと、予想出来る。
カスガはチラリと
目の前の職人を
観察してみる。
が、
カスガは まだ、
ここに 何をしに来たのか
まだ
ピンときていない。
名刺?
社から用意されるヤツと
別のヤツってことっすか?
カスガは
怪訝な視線を
隣で 手持ちの名刺を
職人に差し出す
長身濃紺スリーピースの
上司に
撃ち込んでしまう。
「先輩。名刺切らしたんすか?」
それを
『氷の貴公子』は
読めない
笑顔でもって
見事なまでに
カスガの
視線を 打ち返す。
『この国』の開国は、
『この街』を起点に 始まったと
言っていいだろう。
海外でも
明治のころより、
『フジヤマ』『ゲイシャ』
『ミキモト』『赤坂』と並んで
知られるこの街の、
ランドマークは
今だって、そびえる
『和光の時計』だ。
その交差点を
越えてきたから、
『この下町』は
まだ、その界隈のはず。
カスガにとって
先輩であり、有能かつ、
スタイリッシュで尊敬する
上司。
レン。
どうやら
ここで 作った
活版印刷の名刺を
上司は、
個人で作っているらしい事は
ここまでの様子で
さすがのカスガでも
想像出来る。
「先輩、ちょっと意外な場所に
印刷店ってあるんっすね。
ブランド並んでる、メイン
ストーリーのイメージしか
なかったんで、驚いたっすよ。」
体育会系ならではの
しゃべり方で、
ついつい、後輩調子の カスガを
職人店主が 目を細てめ
ニコニコながら
話してくれる。
それによると
『この街』は
もともと
広告会社や出版社が
集まる情報中心の街で、
多い時は
200社以上の
印刷屋があったという。
へぇっ!知らなかったなあー。
カスガは、
職人店主の話を
脳に納めて
驚く。
「カスガ、この街の名前は
銀の鋳造場からきている。
鋳造技術からの、
印刷業が、この街の
地場産業に、なったんだ。」
相変わらず、
博学な上司にも
舌を巻いて
カスガは、さらに
上司の情報も
インプット。
それも時代は
オフセットからデジタルへ。
この界隈でも
今は 活版印刷などは
数えるほどだと、
店主は続けた。
「今日は、暑い季節に
なったのでまた、 去年の夏に
お願いした紙と色に
衣替えにと思いまして。」
上司は
さっきから 手にしている
名刺を
ようやく 職人店主に
渡した。
それを、記憶を取り出すように、
職人店主は
しげしげと、
眼鏡ごしに
睨んで、
『よろしかったら、棚を
引き出して見てもらって良い
ですよ。普段は、印刷や体験も
しているのですがね。』
カスガに、棚が並ぶ 店内を
促した。
遠慮なく
好意に甘えて
斜めの板を カスガは
引き出してみる。
年月の行った、鉄の匂い
インクの匂い、
古い木の匂い。
それが、
懐かしい空気を
まとめて
カスガを魅力する。
『カタン、、カタン』
いろいろ
見てみると、
字だけでなく、
星とか、ハートとかの
形もあったのが、
なにやら カワユイような
オモシロイような。
「先輩。衣替えってなんすか?」
カスガは、
引き出した、
『星』の型に 指先を押しあてて
自分の
スポーツ焼けした
指に『星』形を
つけてみる。
「そのままだ。夏の名刺。
紙と文字の色を
微妙に変えている。」
『氷の貴公子』は
そっけない。
つれないなあ。
カスガは、店先で
片手をパンツのポケットに
入れて
斜に立つ
上司のシルエットを
確認だけした。
すでに、デザインは決まって
いるのだから、
職人店主は
名刺用の組版を『ステッキ』
ケースに
活字拾って、組版している
のに、
注文主の上司は
活字の見本帳を
静かに
眺めていた。
カスガは、
引き出しを戻して
上司の前にある
台に置かれた 名刺を
見てみて、驚いた。
社で渡されている
『名刺』とは
オーラが
格段違う。
紙も 独特の手触りだと
もちろん わかって、
名前の行間さえ
品格を醸し出して。
とてつもない
存在感と
謙虚さ。
活字は
押し付けてられた
印刷が、裏面に独特の凹みを
作っている。
名刺=氷の貴公子
だった。
「あえて、裏に凹凸が出るよう、
してもらっている。本来の活版
印刷は、凹凸が出ないフラット
が良いとされるのを、あえてだ」
只只
馬鹿みたいに
感動して、
カスガが
名刺を表にしたり
裏にしたりすると、
職人店主が
その紙は『ハーフエア』と言って
紙の繊維に
空気を含むから
優し気に、活字を咥え込む
仕上がりになるのだと
また、カスガに
指南してくれる。
「先輩、じゃあ 1年で4種類名刺
を、ここで作ってるんすか?」
カスガが
驚愕の事実っすよ!!
わざわざ?何故に?!と
さわぐ。
それを、
『刷りにくい、ワイルドを
使う事も ございますよね。』
と、
職人店主は、インキの缶を
出して 『ピース紺です。』
と、見本刷りを用意して
遮る。
「ええ、『ワイルド』は冬名刺
にお願いしている分ですね。」
と、
上司レンは、
それに
笑顔で 返事を返して
カスガに
「『ワイルド』は、厚口の紙だ。
少し羊毛紙っぽい感じが
するから、冬にお願いしてる。」
と、店頭サンプルの名刺を
示した。
意地の悪い上司は、
さっきの
自分の問いに 応えないと。
諦めて、
なるほど 確かに、
ほんの少しの 紙の違いと、
文字の墨の違いで、
イメージが
変わると カスガは
レンの言葉に
返事する。
そして今度は
「『ピース紺』って青っすか?」
台に出された
インク缶を 持ち上げる。
この印刷屋オリジナルと
ラベルに書いて
あるから、
この色も この店だけ
なのだろうか?
「『煙草のピースで使われる紺』
ていう、印刷業界用語でもある。
今なら、
共通の色ガイドがあるから、
番号で指定も出来る。
昔は、
電話帳口で 色指定するのに、
◯◯の紺とかで
注文した 名残だろうな。」
『カチャンカチャン』
何枚か、
店先の手動機械で、
刷り上げた 名刺を
見ながら、
「じゃ、いつもの枚数で。
送ってください。ありがとう」
と、
上司は 職人店主に礼を
言っていた。
「カスガ。前に、『青』の話
あっただろ?
『ピース紺』って色も、出す
のが難しい色 らしいぞ。
ああ、
カスガも、名刺作るか?
ここで名刺、つくると
人生が 変わる 噂だからな」
いやいや、社から渡される
名刺で まだオレはいいっすよ。
オレの人生
じゅー分ラッキーすから。
こんなすげー
キンキラオーラの 名刺
使いこなせやせんっ!!
「またの機会でいいっすよ。
先輩、次は例のヒルズビレッジ
なんすよね。そろそろ、
時間ヤバくなりますし。また」
カスガは、
両手を振って
レンの提案を やんわり
退けて、『腕時計』を レンに
掲げた。
『新しく出来たヒルズかい?』
職人店主が、
レンに 送り状の控えを
渡しながら 聞いたのを、
レンが
愛想よく 頷いて
「確か、伝統的な技法の店舗も
入ったテナントモールが
ありますから、こちらのお店は
きっとぴったりでしょうね。」
と、話しが
また花咲いている。
カスガは、
ヒルズビレッジを検索して
「え!こんな セレブ御用達な
病院に行くんすか?」
と、青くなったが、
それを、氷の貴公子は
口を弓なりにさせて
見つめるだけだ。
上司の 『レン』に連れられ
交差点から、左へと曲がる。
それをまた繰り返し
幾つかめの
路地を左に折れた先に
その 間口の小さな
ガラスの引戸は
あった。
『カラカラカラカラ』
「今日は、、」
「・・・・・失礼しまっす。」
引戸を開けて、
レンの後ろから
カスガが
キョロキョロと
ほのりと灯る
蛍光灯に浮き出す 店の中を
見回せば
年季の入った 木製の棚に、
斜めの 立て板が沢山 入り
それらは奥へと細長い
図書室のように 居並ぶ。
「わ!」
カスガには
アンティークな匂いの光景に、
吸い込まれるようにして
ふらり 棚に寄っていった。
そんな
カスガの 角刈りヘアの
後頭部を やや呆れ見て
上司のレンは、
常連らしく
カスガを 諭す。
「カスガ、この棚は
『馬の背』と呼ぶんだ。
傾斜がかった この、、棚。
引き出したら
活字の棚と、わかるはずだ。」
興味津々の様子を
隠しもしない
カスガに
レンは、並ぶ木製の棚の1つを
引き出して見せた。
『いらっしゃいませ。ああ!』
引戸の音が
合図なのか
奥から、眼鏡をかけた
いかにも 気のいい職人という
出で立ちの 主人が
応対に 出てきてくれる。
「いつもの名刺を。
墨色と紙を
変えて、また、お願いします。」
上司のレンは
さらりと
自然に注文をした。
そう、
社内でも『氷の貴公子』
と、言われる 年齢不詳な
この 美丈夫の上司。
どうやら、
ここには 通っている
みたいだと、予想出来る。
カスガはチラリと
目の前の職人を
観察してみる。
が、
カスガは まだ、
ここに 何をしに来たのか
まだ
ピンときていない。
名刺?
社から用意されるヤツと
別のヤツってことっすか?
カスガは
怪訝な視線を
隣で 手持ちの名刺を
職人に差し出す
長身濃紺スリーピースの
上司に
撃ち込んでしまう。
「先輩。名刺切らしたんすか?」
それを
『氷の貴公子』は
読めない
笑顔でもって
見事なまでに
カスガの
視線を 打ち返す。
『この国』の開国は、
『この街』を起点に 始まったと
言っていいだろう。
海外でも
明治のころより、
『フジヤマ』『ゲイシャ』
『ミキモト』『赤坂』と並んで
知られるこの街の、
ランドマークは
今だって、そびえる
『和光の時計』だ。
その交差点を
越えてきたから、
『この下町』は
まだ、その界隈のはず。
カスガにとって
先輩であり、有能かつ、
スタイリッシュで尊敬する
上司。
レン。
どうやら
ここで 作った
活版印刷の名刺を
上司は、
個人で作っているらしい事は
ここまでの様子で
さすがのカスガでも
想像出来る。
「先輩、ちょっと意外な場所に
印刷店ってあるんっすね。
ブランド並んでる、メイン
ストーリーのイメージしか
なかったんで、驚いたっすよ。」
体育会系ならではの
しゃべり方で、
ついつい、後輩調子の カスガを
職人店主が 目を細てめ
ニコニコながら
話してくれる。
それによると
『この街』は
もともと
広告会社や出版社が
集まる情報中心の街で、
多い時は
200社以上の
印刷屋があったという。
へぇっ!知らなかったなあー。
カスガは、
職人店主の話を
脳に納めて
驚く。
「カスガ、この街の名前は
銀の鋳造場からきている。
鋳造技術からの、
印刷業が、この街の
地場産業に、なったんだ。」
相変わらず、
博学な上司にも
舌を巻いて
カスガは、さらに
上司の情報も
インプット。
それも時代は
オフセットからデジタルへ。
この界隈でも
今は 活版印刷などは
数えるほどだと、
店主は続けた。
「今日は、暑い季節に
なったのでまた、 去年の夏に
お願いした紙と色に
衣替えにと思いまして。」
上司は
さっきから 手にしている
名刺を
ようやく 職人店主に
渡した。
それを、記憶を取り出すように、
職人店主は
しげしげと、
眼鏡ごしに
睨んで、
『よろしかったら、棚を
引き出して見てもらって良い
ですよ。普段は、印刷や体験も
しているのですがね。』
カスガに、棚が並ぶ 店内を
促した。
遠慮なく
好意に甘えて
斜めの板を カスガは
引き出してみる。
年月の行った、鉄の匂い
インクの匂い、
古い木の匂い。
それが、
懐かしい空気を
まとめて
カスガを魅力する。
『カタン、、カタン』
いろいろ
見てみると、
字だけでなく、
星とか、ハートとかの
形もあったのが、
なにやら カワユイような
オモシロイような。
「先輩。衣替えってなんすか?」
カスガは、
引き出した、
『星』の型に 指先を押しあてて
自分の
スポーツ焼けした
指に『星』形を
つけてみる。
「そのままだ。夏の名刺。
紙と文字の色を
微妙に変えている。」
『氷の貴公子』は
そっけない。
つれないなあ。
カスガは、店先で
片手をパンツのポケットに
入れて
斜に立つ
上司のシルエットを
確認だけした。
すでに、デザインは決まって
いるのだから、
職人店主は
名刺用の組版を『ステッキ』
ケースに
活字拾って、組版している
のに、
注文主の上司は
活字の見本帳を
静かに
眺めていた。
カスガは、
引き出しを戻して
上司の前にある
台に置かれた 名刺を
見てみて、驚いた。
社で渡されている
『名刺』とは
オーラが
格段違う。
紙も 独特の手触りだと
もちろん わかって、
名前の行間さえ
品格を醸し出して。
とてつもない
存在感と
謙虚さ。
活字は
押し付けてられた
印刷が、裏面に独特の凹みを
作っている。
名刺=氷の貴公子
だった。
「あえて、裏に凹凸が出るよう、
してもらっている。本来の活版
印刷は、凹凸が出ないフラット
が良いとされるのを、あえてだ」
只只
馬鹿みたいに
感動して、
カスガが
名刺を表にしたり
裏にしたりすると、
職人店主が
その紙は『ハーフエア』と言って
紙の繊維に
空気を含むから
優し気に、活字を咥え込む
仕上がりになるのだと
また、カスガに
指南してくれる。
「先輩、じゃあ 1年で4種類名刺
を、ここで作ってるんすか?」
カスガが
驚愕の事実っすよ!!
わざわざ?何故に?!と
さわぐ。
それを、
『刷りにくい、ワイルドを
使う事も ございますよね。』
と、
職人店主は、インキの缶を
出して 『ピース紺です。』
と、見本刷りを用意して
遮る。
「ええ、『ワイルド』は冬名刺
にお願いしている分ですね。」
と、
上司レンは、
それに
笑顔で 返事を返して
カスガに
「『ワイルド』は、厚口の紙だ。
少し羊毛紙っぽい感じが
するから、冬にお願いしてる。」
と、店頭サンプルの名刺を
示した。
意地の悪い上司は、
さっきの
自分の問いに 応えないと。
諦めて、
なるほど 確かに、
ほんの少しの 紙の違いと、
文字の墨の違いで、
イメージが
変わると カスガは
レンの言葉に
返事する。
そして今度は
「『ピース紺』って青っすか?」
台に出された
インク缶を 持ち上げる。
この印刷屋オリジナルと
ラベルに書いて
あるから、
この色も この店だけ
なのだろうか?
「『煙草のピースで使われる紺』
ていう、印刷業界用語でもある。
今なら、
共通の色ガイドがあるから、
番号で指定も出来る。
昔は、
電話帳口で 色指定するのに、
◯◯の紺とかで
注文した 名残だろうな。」
『カチャンカチャン』
何枚か、
店先の手動機械で、
刷り上げた 名刺を
見ながら、
「じゃ、いつもの枚数で。
送ってください。ありがとう」
と、
上司は 職人店主に礼を
言っていた。
「カスガ。前に、『青』の話
あっただろ?
『ピース紺』って色も、出す
のが難しい色 らしいぞ。
ああ、
カスガも、名刺作るか?
ここで名刺、つくると
人生が 変わる 噂だからな」
いやいや、社から渡される
名刺で まだオレはいいっすよ。
オレの人生
じゅー分ラッキーすから。
こんなすげー
キンキラオーラの 名刺
使いこなせやせんっ!!
「またの機会でいいっすよ。
先輩、次は例のヒルズビレッジ
なんすよね。そろそろ、
時間ヤバくなりますし。また」
カスガは、
両手を振って
レンの提案を やんわり
退けて、『腕時計』を レンに
掲げた。
『新しく出来たヒルズかい?』
職人店主が、
レンに 送り状の控えを
渡しながら 聞いたのを、
レンが
愛想よく 頷いて
「確か、伝統的な技法の店舗も
入ったテナントモールが
ありますから、こちらのお店は
きっとぴったりでしょうね。」
と、話しが
また花咲いている。
カスガは、
ヒルズビレッジを検索して
「え!こんな セレブ御用達な
病院に行くんすか?」
と、青くなったが、
それを、氷の貴公子は
口を弓なりにさせて
見つめるだけだ。