夏は境界。ギャラリストが移転を決めた旅。~和光時計の街編

「 超ーリュクスな街に、
なんてスタイリッシュな
オフィスタワーなのーっ汗!」

ギャラリー『武々1B』の
スタッフであるシオンは、

真新しい 高層ビルの
真下で、ポカンと口を
開けて 佇んで いる。

新しいヒルズ街は、
真っ白い外観が 青い空に映えて
輝いているよう。

まるで 其れ自体が
摩天楼の貴公子みたいに
きらきらと 光っている。

このシンボリックなタワービル。

地下1階からの 地上57階建て。
屋上には 最新ヘリポート。

56階には展望フロアで
55階には会員制VIPラウンジ、
54階の高級レストランと 続き
49~53階が ブランドホテルで、
7~48階は オフィスゾーン
となる。

うん、 ヒルズ極みまくりだっ。

そして、6階まで
には
プレミアムシネコン、
サロンホール、
カルチャースタジアムに、

チューターやコーチャーはじめ
シッターやヘルパーの
ディスパッチセンター。
加え
ビューティーパレスに、
ペットホームと充実しまくった
ライフゾーンとなっていた。
以上。

「 なにー!これっ!
超メガオフィスタワー
じゃん!オフィスでこれって、
『ヒルズビレッジ』
にある ほかの施設?
病院?レジデンス?って
どんだけよーっ!」

シオンは 検索した
『ヒルズビレッジ』の
ページと、
目の前の ヒルズヴィレッジ現物を
何度も見比べて、つい叫んだ。

首都に 新しく開発された
ヒルズビレッジ。

ここに
東日本のオフィスを
移転させると
ギャラリーオーナーの
『武久一』こと 『ハジメ』は、

本部オフィスに シオンが
移動するよりも 前に、
全国のアンテナルームに
メール連絡していた 。

まだ 西日本のオフィス
スタッフだったシオンは、
当時は まったく
人ごとだったけど、
今はその オフィス転居の
お手伝い要員として
初めて
ヒルズビレッジを
目にしている。

「 おおー!他には、全室完全個室
の最高ホスピタリティーな
総合病院に、 都心緑地型の
数億円低層階レジデンスっ
て!? こんなとこ、
どんな人間が住むっつーの!」

はあーっ。っと、
豪快に ため息を飛ばして
再度 シオンは、
タワーの横にある 建物群を仰ぐ。

「 あー、とりあえず、ない!
この2つの建物は縁がない!
セレブすぎでしょ!
で、あと
あっちの施設は? 何なにー?
古き良き ジャパネスクを
世界に発信するプラットホーム
モール?気になるー。
テナントが入ってる感じー?

うわぉ!本格的日本庭園と
茶室があるルーフートップ
ガーデンって、素敵っ!
ここ 見てみたいなあー。」

かーなり 挙動不審な
独り言を 若干ワクワクぎみに
言いながら
シオンは、
ハジメから 言われている
タワーオフィスに
軽快に 入っていった。


近年、アートイベントが
全国的に開かれ、
ビエンナーレや、トリエンナーレといった 美術展覧会が 毎年、
どこかの地域で開催されている。

ギャラリー『武々1B』。

シオンが働く
このギャラリーは、
テナントを 構えているわけ
じゃあない。

ベースギャラリーを持たず、
全国のあらゆるスペースを
レンタルして、
期間限定のギャラリーを開く、
いわゆる
『旅するギャラリー』である。

時には、
ラグジュアリーホテルの
ワンフロアー。
はては、
サーカステントでギャラリーを
開く事もある。

それに合わせて、
扱うモノも多岐にわたる。
純粋芸術品だけではないのだ。

そして、
その本部オフィスを
元、小京都と言われる地域に
構え、
全国の要所に アンテナルームを
置いていて、

これまでは
銀座に、
東日本のアンテナオフィスを
借りていた。


シオンは、
何機もある
新しくて、ネオフューチャーな
デザインの
オフィスエレベーターを
待つ。

わざと
アンティークシステマチックな
エレベーター動力部分が

オープンになっているから、
エレベーターホールは

まるで
巨大な時計の歯車が
回転してて、
銀河系を思ってしまう。

つ・ま・り、
新しいのに
重厚で 壮大ちっくで
天上人が いそうな
タワーデザインって
ことっ!

「 もともと銀座のオフィスから
ハジメオーナーは、ヨミ先輩と
ビジネス 始めたから、
とうとう 新天地に漕ぎ出した
って感じだわー。感無量ー?」

とはいえ、
シオンも わりと初めから
アンテナオフィスのスタッフ
として
ギャラリーに参画している
古参では
あるのだが。

「 わーっ!!なんでオフィスの
低階フロアーなのって思った
らー
こーゆーことですかっっ!!」

思わずシオンが
声を上げたのは、

エレベーターが
開いたとたんの
ファーストビューが あまりに
豊かな緑の景色だったから。

目の前の
総 クリスタルガラス張りごしに
向かいの
ルーフトップガーデン!

素晴らしい 日本庭園の
緑が
見事に 借景のごとく
広がっているのが
階まみえた。
都会の空に浮かぶ

バビロンの天空庭園か!
眼福だよっ!!

「 シオン!!ようこそ!
ヒルズビレッジ
アンテナオフィス に!」

そう 声がして、
シオンが 目をやると、
そこには
リモートミーティングで お馴染み

東日本オフィスのスタッフ、
灰水色の瞳、ハーフアイを
揺らして
『ケイトウ』が 笑っていた。

こーんな場所で 仕事をしてれば、
未来って
きらきらしていそうだよねっ。

ふと、シオンは
ケイトウを 自分の胸に
バンバンとハグしながら

心に 思った次第。
★さいけ みか です。
初めての方も、いつもの方も
読んで下さり
有り難うございます。

今回の作品は
書いてます、旅と恋をシリーズの

『夏休みは境界。公開告白される君と3日間の旅』の連短編です。

合わせて、
他の小説サイトの
公募『きらきらひかる』テーマ
エントリー作品の予定。

ついでに
『首都に在るホテル貴公子』の
エピローグとしても
からめています。

とはいいましても、
この作品だけで 読めるようにと
気をつけて執筆しますね。

少し だけ 小説の中での
時系列を紹介です。
実は執筆順とは 違います。

①ショートショート
『首都に在るホテルに住む貴公子~東京編』

②短編
『夏は境界。ギャラリストが移転を決めた旅~銀座線 編』

③長編
『夏休みは境界。公開告白される君と3日間の旅~小豆・豊島編』

そして、
秋作品
『未タイトル~ヒルズヴィレッジ編』
他サイト、テーマ公募
エントリー予定。

にと続くようにと 思ってます。

四季に合わせて
短編長編の連作で
春と夏となり、
いよいよ秋に向かいます。

当初予定していた
旅場所とは 変わってきていますが
まずは、この冬までを
目標に 書いて行きますので、

宜しくお願いします。

では、
『夏は境界。ギャラリストが移転を決めた旅』を 。

「 シオーン、今日も 変わらず
ジャパニーズ令嬢風が
ナイスに 可愛いいのね↑↑!!
ホントは 口をあけたら
残念ガールだけど。」

ケイトウは、ライトブラウンの
巻き髪を キャラキャラと
揺らして シオンに 御返しと
ばかりに
バンバンとシオンの背中を
叩きまくって モフモフハグする。

「やめてよねっ。令嬢も残念も
全然ウレシくないっー!」

シオンは、
只でさえ 身長の高い上に、
ハイヒールで モデルのような
長身の ケイトウに
埋もれるようにかわした
ハグを外して
下から ジトッと 睨む。

「 ご機嫌よう?シオン姫。
つい数分 前に、
ボスから連絡、もらった。
ヨミ女史と
こちらに向かってるらしいし、
まずは、一服如何?」

これまた、
見知った 長身の 中華系男子 が
後ろから 挨拶してきた。
で、今
『沼はまり』してるのだろう
茶の野点セットを 手に
シオンを迎えるのだ。

ダレンの『姫』を、敢えて
シオンは 指摘しない。

彼の、華系男子は
基本、女子は
『姫』呼びなんだから。


東日本オフィスは 関東ルーム兼で
見目麗しい、海外ハーフの
『ダレン』と『ケイトウ』2人が
スタッフとして在中してる。

「 ダレンは、毎日 目の前の
日本庭園を見てたら、茶道に
どっぷり はまった 口っー?」

こんな
シオンの 軽口を

まあ、そんなとこ、と、
ダレンは 切れ長の瞳1つで 流して
シオンを フロアの一角に
促す。

オフィス専用のフロア。
この 真ん中は
オフィスラウンジ的な
空間なのだろう。

リュクスな ソファーインテリアや
スタイリッシュな照明、
観葉植物も あったりして、
ノマドワーカー用?
ライティングデスクも
センスよく配置されて
見える。

それを
変則的な オープンシェルフが
魅力的に
演出しながら
フロアを いい感じに
区画ゾーニング
していて。

視線をダレンの歩みに
向けると、
その1つのコーナーに
黒塗りのテーブルと
卓上釜が 設えている
じゃないか!

「わ、立礼卓まで持ち込んでー。
これって勝手に ここのラウンジ
シェルフを 立礼棚に
見立ててるんでしょー?!」

これは、
もう 自分が 手伝いに来なくても
2人で 勝手気ままに
オフィスの 片付けも 終わらせてる
んじゃないの?

「あ!シオーン。まだまだ
私たちの片付け、エンドレス。
シオンのヘルプはとっても
大事なんだからね!」

ケイトウが シオンの顔から
読んだの だろう。
慌てて、言い訳して
ダレンに 助けを求める。

ダレンが
立礼卓の 亭主席から、

「その通り。助太刀歓迎だ。」

どうぞ、シオン姫と
エスコートをしつつ ケイトウの
台詞を ゆるりとした笑顔で
肯定した。

シオンは わざと
仕方無し気にして、
やれやれと 席へ 付く。

立礼式茶道は、

明治、開催された
京都博覧会で、外国ゲストに
茶道を 振舞うため
確立されたのが 始まりの
椅子座の茶道。

ケイトウが
菓子を運んできたから、見ると
中には、あめ色の、、

「月餅!そっか、香港のお中元
月餅だもんねっ。いいの?」

そうは言いつつも
ちゃっかり、シオンは
隣のケイトウに
「お先に」と伝えて 器を
両手で持ちあげて、
頭を下げる。

月餅を食べる気持ち
満杯だ。

「ああ、本当は 仲秋に食すモノ
だが独断、 姫の持て成しに
差し上げようと 思ってね。」

わざわざ
香港から贈られたのを
オフィスに持ってきてくれた
ようだ。

すこぶる、うちの男性スタッフは
レディに優しい。

用意してくれてた 懐紙に
箸で 器に盛られた月餅を
1つ取って
シオンは ちまっと のせて
こっそり
男性スタッフの面々を
思い浮かべた。

「さんざしの月餅だから、
この季節にも良いしね。」

シオンの頭の中を
知るべくもなく、

ダレンは、
目の前で 「美味しいーっ」と
声を上げて 食べる
本部客人を 眺めて
茶の用意をする。

さんざし月餅の 酸っぱ甘い 香りと
薄茶の香りが
オフィスラウンジに
くゆり 流れた。

「このフロアって、他に
オフィスどれだけ入ってるの?」

シオンは
さっきと同じく
隣のケイトウに
「お先に」と伝えて、今度は
ダレンに
「お点前頂戴いたします」と
頭を下げる。

「5組のオフィスかな。
シェアできる
セミナールームと、ヒルズライ
ブラリーって オープン書斎も
このフロアに併設している
から、すぐ上のフロアより
オフィスは少ない 。」

器の正面から
器を2回まわし
シオンは
3口半で 薄茶を
飲みほした。

「このオフィスラウンジもだけど
タワー内で コミュニケーション
出来る空間が 多くてイージーね」

指できゅっと
器口をぬぐうシオンを
見ながら
応えた
ケイトウは オフィスラウンジの
奥にみえる 庭園風景を
大きく手で 示して。

「それに、ダントツ言っても、
このファンタスティックな
ロケーションよ!アガルね↑↑」

でしょ?と
ケイトウは シオンに
ドヤ顔をして、
何故か?自分は コーヒーを
口にした。

「え、なんでっ?お茶でしょ?」

見ると、
シオンの前で 亭主席に座す
ダレンの顔は
氷河期だ。

どうやら、地雷?!
シオンの予感を後押しする
言葉が、隣から発せられる。

「はあ?!ガッデームね↑↑!
シオーン。わたしが ダレンの
お手前、どれだけ付き合わされ
たか 分かる↑↑?!
クレイジーな ダレン'S茶道は
もうノーセンキューね!!」

ケイトウは、そう叫んで
これ見よがしに
カップのコーヒーを
腰に手をあてて、ゴクゴク
飲み干し

「けっこーなお手前で↑↑!!」

タン!!っと 立礼卓に
カップを戻した。

「・・・・」

あちゃー。
これは、ダメだわ。

シオンは、ダレンとケイトウの
顔を、何度か
見比べて
話を変える事にした。

「それにしてもさっ、
このヒルズビレッジ、凄いね」

ほら、タワーオフィス以外も

ホテル並みのサービスを誇る
総合病院に、
億単位のレジデンスでしょ?

ホームページみたけど、
プラットホームモールも
なんか、リュクスで伝統的な
テナントが入るみたいだしー。

とか、
矛先を ヒルズビレッジに
シオンは 振ってみた。
この後の片付け作業が
このままだと 難航しかねない。

シオンに乗ったのは、
意外にダレンだった。
いや?
流石、レディに優しいうちの
男性スタッフか。

ダレンは、
自分で 淹れた 薄茶を手にして

「 このヒルズビレッジは、
旧財閥家の所有と
聞き及んでいる。よくある、
公的庁や、地所企業で計画
されたヒルズ群とは
一線を画するんだろう。」

と、シオンに 答えると
月餅を 自棄になって食べ始めた。

こうなると、
作法もないねっー。

シオンは 菓子盛りから
もう1つ
小振りの 月餅を摘まんで、
口に入れる。

「だから!向かいの レジデンスは
このタワーのエグゼクティブ
とか、所有している 財閥の
プリンス達が
住んでるですってよ↑↑!」

ケイトウも、コーヒー請け?に
月餅を手を 伸ばしてきた。
よしよし。

「だからだねー、レジデンスの住人
基準だから 高級ホスピタリティ
病院とか、モールになるって事
だよねっ。セレブとかって、
それこそ芸能人御用達とか
なりそうじゃんっ!」

「イエース。お向かいの病院は
ハイソサエティな
ホスピタリティコースメニュー
がサーブされるって噂ですわ!」

ケイトウ、やけに詳しいよね?
どこネタ?

シオンの驚きに、
ケイトウは、

「噂好きのクリーンスタッフ
から 新鮮なネタは仕入れて、
ゴシップはバッチリね↑↑」

「そんな情報だけじゃないだろ、
ケイトウ。
トップクオリティの 外科チーム
がいるハイスタンダードな
総合医療機関なのだから。」

困るな、
これから顧客になり得る
ヒルズファシリティと心得ろよ。
と、ダレンがケイトウに
お小言すると
そんなダレンに ケイトウが

「ダレンは 貴方って ホント、
堅物ボクネンジンですね↑↑」

と、応戦して、
ギャーギャー言い合いになる。

結局、こーなるっ。
すいません、マジ
手に追えない ハーフ組だよー

って
シオンがとうとう
意識を遠くに 飛ばしかかった時

「やだなぁ~ん。せっかく
ぴっかぴか オフィスにぃ、
こぉして 引っ越したんだよん。
ダーレン&ケイトゥには 仲良く
してほしいんだけどねぇ~?」

声がして、
シオンは その声の主を
探す。

と、

ね?って、タレた目を
いつもの癖で ウインクさせた
武久一こと、ギャラリーオフィス
オーナーのハジメが

定番の 麻のスリーピース姿で、
オープンシェフの影から

ヨミと並んで 現れた。

救世主降臨。

シオンは
グッと両の手を 組んで

「オーナーっ!選手交代ですっ」
と、助けを呼んで、
目の前の月餅を 供物に
ハジメに 捧げて
ふざけた。
『カスガ』は、
上司の 『レン』に連れられ
交差点から、左へと曲がる。

それをまた繰り返し
幾つかめの
路地を左に折れた先に

その 間口の小さな
ガラスの引戸は
あった。

『カラカラカラカラ』

「今日は、、」
「・・・・・失礼しまっす。」

引戸を開けて、

レンの後ろから
カスガが
キョロキョロと
ほのりと灯る
蛍光灯に浮き出す 店の中を
見回せば

年季の入った 木製の棚に、
斜めの 立て板が沢山 入り
それらは奥へと細長い
図書室のように 居並ぶ。

「わ!」

カスガには
アンティークな匂いの光景に、
吸い込まれるようにして
ふらり 棚に寄っていった。

そんな
カスガの 角刈りヘアの
後頭部を やや呆れ見て
上司のレンは、
常連らしく
カスガを 諭す。

「カスガ、この棚は
『馬の背』と呼ぶんだ。
傾斜がかった この、、棚。
引き出したら
活字の棚と、わかるはずだ。」

興味津々の様子を
隠しもしない
カスガに
レンは、並ぶ木製の棚の1つを
引き出して見せた。


『いらっしゃいませ。ああ!』

引戸の音が
合図なのか

奥から、眼鏡をかけた
いかにも 気のいい職人という
出で立ちの 主人が
応対に 出てきてくれる。

「いつもの名刺を。
墨色と紙を
変えて、また、お願いします。」

上司のレンは
さらりと
自然に注文をした。

そう、
社内でも『氷の貴公子』
と、言われる 年齢不詳な
この 美丈夫の上司。

どうやら、
ここには 通っている
みたいだと、予想出来る。

カスガはチラリと
目の前の職人を
観察してみる。
が、

カスガは まだ、
ここに 何をしに来たのか
まだ
ピンときていない。


名刺?
社から用意されるヤツと
別のヤツってことっすか?

カスガは
怪訝な視線を

隣で 手持ちの名刺を
職人に差し出す
長身濃紺スリーピースの
上司に
撃ち込んでしまう。

「先輩。名刺切らしたんすか?」

それを
『氷の貴公子』は

読めない
笑顔でもって
見事なまでに

カスガの
視線を 打ち返す。



『この国』の開国は、
『この街』を起点に 始まったと
言っていいだろう。

海外でも
明治のころより、
『フジヤマ』『ゲイシャ』
『ミキモト』『赤坂』と並んで
知られるこの街の、
ランドマークは
今だって、そびえる
『和光の時計』だ。


その交差点を
越えてきたから、
『この下町』は
まだ、その界隈のはず。

カスガにとって
先輩であり、有能かつ、
スタイリッシュで尊敬する
上司。

レン。

どうやら
ここで 作った
活版印刷の名刺を
上司は、
個人で作っているらしい事は
ここまでの様子で
さすがのカスガでも
想像出来る。

「先輩、ちょっと意外な場所に
印刷店ってあるんっすね。
ブランド並んでる、メイン
ストーリーのイメージしか
なかったんで、驚いたっすよ。」

体育会系ならではの
しゃべり方で、
ついつい、後輩調子の カスガを

職人店主が 目を細てめ
ニコニコながら
話してくれる。

それによると
『この街』は

もともと
広告会社や出版社が
集まる情報中心の街で、
多い時は
200社以上の
印刷屋があったという。

へぇっ!知らなかったなあー。
カスガは、
職人店主の話を
脳に納めて
驚く。

「カスガ、この街の名前は
銀の鋳造場からきている。
鋳造技術からの、
印刷業が、この街の
地場産業に、なったんだ。」

相変わらず、
博学な上司にも
舌を巻いて
カスガは、さらに
上司の情報も
インプット。


それも時代は
オフセットからデジタルへ。
この界隈でも
今は 活版印刷などは
数えるほどだと、

店主は続けた。

「今日は、暑い季節に
なったのでまた、 去年の夏に
お願いした紙と色に
衣替えにと思いまして。」

上司は
さっきから 手にしている
名刺を
ようやく 職人店主に
渡した。


それを、記憶を取り出すように、
職人店主は
しげしげと、
眼鏡ごしに
睨んで、

『よろしかったら、棚を
引き出して見てもらって良い
ですよ。普段は、印刷や体験も
しているのですがね。』

カスガに、棚が並ぶ 店内を
促した。

遠慮なく
好意に甘えて
斜めの板を カスガは
引き出してみる。

年月の行った、鉄の匂い
インクの匂い、
古い木の匂い。
それが、
懐かしい空気を
まとめて
カスガを魅力する。

『カタン、、カタン』

いろいろ
見てみると、
字だけでなく、
星とか、ハートとかの
形もあったのが、
なにやら カワユイような
オモシロイような。

「先輩。衣替えってなんすか?」

カスガは、
引き出した、
『星』の型に 指先を押しあてて
自分の
スポーツ焼けした
指に『星』形を
つけてみる。

「そのままだ。夏の名刺。
紙と文字の色を
微妙に変えている。」

『氷の貴公子』は
そっけない。

つれないなあ。

カスガは、店先で
片手をパンツのポケットに
入れて
斜に立つ
上司のシルエットを
確認だけした。

すでに、デザインは決まって
いるのだから、
職人店主は
名刺用の組版を『ステッキ』
ケースに
活字拾って、組版している
のに、

注文主の上司は
活字の見本帳を
静かに
眺めていた。

カスガは、
引き出しを戻して
上司の前にある

台に置かれた 名刺を
見てみて、驚いた。

社で渡されている
『名刺』とは
オーラが

格段違う。

紙も 独特の手触りだと
もちろん わかって、

名前の行間さえ

品格を醸し出して。

とてつもない
存在感と
謙虚さ。

活字は
押し付けてられた
印刷が、裏面に独特の凹みを
作っている。

名刺=氷の貴公子

だった。


「あえて、裏に凹凸が出るよう、
してもらっている。本来の活版
印刷は、凹凸が出ないフラット
が良いとされるのを、あえてだ」

只只
馬鹿みたいに

感動して、


カスガが
名刺を表にしたり
裏にしたりすると、
職人店主が

その紙は『ハーフエア』と言って
紙の繊維に
空気を含むから
優し気に、活字を咥え込む
仕上がりになるのだと

また、カスガに
指南してくれる。

「先輩、じゃあ 1年で4種類名刺
を、ここで作ってるんすか?」

カスガが
驚愕の事実っすよ!!
わざわざ?何故に?!と
さわぐ。


それを、
『刷りにくい、ワイルドを
使う事も ございますよね。』
と、
職人店主は、インキの缶を
出して 『ピース紺です。』
と、見本刷りを用意して
遮る。

「ええ、『ワイルド』は冬名刺
にお願いしている分ですね。」

と、
上司レンは、
それに
笑顔で 返事を返して
カスガに

「『ワイルド』は、厚口の紙だ。
少し羊毛紙っぽい感じが
するから、冬にお願いしてる。」

と、店頭サンプルの名刺を
示した。

意地の悪い上司は、
さっきの
自分の問いに 応えないと。
諦めて、

なるほど 確かに、
ほんの少しの 紙の違いと、
文字の墨の違いで、
イメージが
変わると カスガは

レンの言葉に
返事する。

そして今度は

「『ピース紺』って青っすか?」

台に出された
インク缶を 持ち上げる。

この印刷屋オリジナルと
ラベルに書いて
あるから、
この色も この店だけ
なのだろうか?

「『煙草のピースで使われる紺』
ていう、印刷業界用語でもある。
今なら、
共通の色ガイドがあるから、
番号で指定も出来る。
昔は、
電話帳口で 色指定するのに、
◯◯の紺とかで
注文した 名残だろうな。」

『カチャンカチャン』

何枚か、
店先の手動機械で、
刷り上げた 名刺を
見ながら、

「じゃ、いつもの枚数で。
送ってください。ありがとう」

と、
上司は 職人店主に礼を
言っていた。

「カスガ。前に、『青』の話
あっただろ?
『ピース紺』って色も、出す
のが難しい色 らしいぞ。
ああ、
カスガも、名刺作るか?
ここで名刺、つくると
人生が 変わる 噂だからな」

いやいや、社から渡される
名刺で まだオレはいいっすよ。

オレの人生
じゅー分ラッキーすから。

こんなすげー
キンキラオーラの 名刺
使いこなせやせんっ!!

「またの機会でいいっすよ。
先輩、次は例のヒルズビレッジ
なんすよね。そろそろ、
時間ヤバくなりますし。また」

カスガは、
両手を振って
レンの提案を やんわり
退けて、『腕時計』を レンに
掲げた。

『新しく出来たヒルズかい?』

職人店主が、
レンに 送り状の控えを
渡しながら 聞いたのを、
レンが
愛想よく 頷いて

「確か、伝統的な技法の店舗も
入ったテナントモールが
ありますから、こちらのお店は
きっとぴったりでしょうね。」

と、話しが
また花咲いている。

カスガは、
ヒルズビレッジを検索して

「え!こんな セレブ御用達な
病院に行くんすか?」

と、青くなったが、

それを、氷の貴公子は
口を弓なりにさせて
見つめるだけだ。



「あーーー!もう疲れたーっ」

シオンは
ぶっ厚いファイルを
何冊も
手にして、

半2階壁のキャビネットと
下フロアを
ウォークステップで
それこそ、
何回も、何回も、何回も、
昇降昇降昇降

している。

「想像ーしてたけどっ、オフィス
の転居って、しぬーっ!!」

シオンの叫びに、
他のスタッフも 苦笑した。

ギャラリー『武々1B』は
本部を
石川に置いて、

東日本オフィスとして
道東北、
関東、
中部の6ルーム。

西日本オフィスがまとめる
関西、
山四国、
九州沖の6ルーム

を全国に
アンテナオフィスに
おいて
各スタッフ2名が
在中する
スタイル。

オーナーのハジメが
6各ルームを
廻る事は 常だが、
アンテナルームで、
行き来する事はない。
が、
リモートでの
ミーティングで、
互いの顔は知るし、

やりとりをすれば、
本部のヨミと、もと関西のシオン
達みたいに
私的に会って 仲良くなる事は
多々に ある。

「こればかりは、仕方のない事よ
後輩ちゃん。PCで管理してても
ファイリングで、 作品と 顧客の
管理はしないとダメなんだから」

ヨミは、ほぼ2階位置の
高天井ロフトに配した
オーナーデスク環境を
整えながら
文句をいうシオンを諌めた。

今日も今日とて、
相変わらずの
クールビューティーは
お気に入りブランドの
眼鏡を
指で スッと上げる仕草に
嫌みはない。

「シオーン!ソーリー。どうして
も、自分たちのデスクは、自分
でセットアップってなるから」

ライトブラウンの巻き髪を
ポニーテールにして
ケイトウが苦戦している。

オフィスは、広くはないが、
ロフトがあるぐらい、
天井が高く、
壁には 背の高いキャビネットが
並ぶ。

「仕方ないよねっ!私はどーせ
体力要員でのヘルプだしっ!」

シオンは

天井キャビネットの前にある、
後付けのインテリアイントレの
上から
今度は ケイトウを
眺める。

このイントレには
アイアンの螺旋ステップが
設置されて、
高い位置のキャビネットでも
ファイルを出し入れ出来る
作りにしていた。

「 ボクとて、
ファイル棚のラインアップ
などと、か弱いシオン姫に
課せるのは、本位じゃないさ」

オーナーデスクのある
ロフトから3段降りた
スキップフロアには、
ダレンと、ケイトウのデスク。

そこで セットアップする
ダレンも、
シオンに 言葉をかけるが、、

その切れ長の目顔は、
あまり
悪いって表情じゃないよねっ?
ダレンは
どっちかっていうと
体力無さげ?優男?
いや、意外と細マッチョ?
とにかく、
体力仕事しないよね!

「はい、ダレン、ウソーっ!」

うちの男性陣は優しい宣言撤回!

イントレの上から、
改めてダレンの体を
鑑賞しつつも、

シオンは
スキップフロアの
ダレンに、そう言い放つ。

ダレンが、
両肩をそびやかして、
降参ポーズだけした。

シオンは
そんなダレンを、
目を細め見るしかない。

1番下のフロアになる場所に
置かれた
来客対応用の丸テーブルに
資料を広げ、
円形に組まれた
ソファーに
座る
ハジメに、声をかけた。

「ハジメオーナーっ!何見てる
んですか?もーすぐ ファイル
片付け終わるんですけど、
次やること ありますかー?!」

壁のイントレや、ロフト、
スキップフロアに
ぐるりと 周りを
囲まれて、
ハジメが座る
円形テーブルソファーは
さながら
コロッセオだ。

「その~、ファイルの
段ボールでぇ、最後だからぁ、
キャビネットは終了だよん。
あ・と・は・
リネンで、誇りを拭いてぇ、
一旦終わり~。お疲れ~。」

それって
まだ終わってませーんっ!
と、
シオンは ブンブン手を振った。

ファイルを 棚に納めて、
螺旋にステップを
降りた シオンは、
ハジメの広げる
資料の前にきて

それをのぞく。

「なんだー、このオフィスに飾る
作品のリストですかーっ?」

ハジメは、
空の段ボールを畳む シオンに
口を弓なりにして

「正解~。ほらぁ、ここぉ
東の顔になるしねぇ。ヒルズ
ビレッジの顧客層もぉ、ある?」

口調と同じく
ゆるーいブラウンパーマの
前髪下から
タレた目をウインクさせる。

「てかっ!このヒルズビレッジ
半端なくロイヤル仕様ですよね、
ちょっと意外でしたよっ!
てっきり、前の老舗画廊街から
オフィスは 移動させないって
思ってましたし。
オーナー自身、ハイソ居住区は
避けて、いるのかなーって、、」

後半、
シオンの声は 段々小さくなる。
途中で、余計なセリフだと
気付いたように。

それにハジメも、おやぁっと
シオンの思考を読んで
気にするなとばかり
片手を
ヒラヒラさせた。

「別にぃ、このヒルズの持ち主は
父の所とは 無関係だしねぇ。
ほらぁ、新進気鋭のジュニア子息
子女とかね、若手御曹司とかが
御用達だよ~。知る人もないよ」

そう事も無げに返事して
ハジメは、
麻スーツを纏う足を
組み換える。

このオーナーは、
そんなに背が高いわけでも
ないのに、足は長い。

て?胴か短いか、
頭が小さいの?
やだやだ、訳ありのくせ
印象薄めな
このイケメンっぼちゃっまめ!

シオンは、
今度は ハジメの足を
ジト目で眺める。

「そうなんですねっ。でも、
別にオフィスを移さなくても
良かったんじゃないですかー?
もう、乙女の二の腕が
お陰で、パンパンですよっ!」

八つ当たりして、
ロフト下の オフィスキッチンに
リネンを取りに行くわけで。

「シオン姫は、ご機嫌斜めと。
ケイトウ、そろそろこっちは
アップ完了だ。シオン姫の
二の腕を 『宮廷式マッサージ』
で、癒しても良いだろうか?」

不穏なダレンの そんな声に、
ケイトウが

「ノー!!やめて!!セクハラ
ですね!ダレンといい、オーナ
ーといい、シオンを取らないで
欲しいのです。ダメ独りじめ!」

そんなやりとりを
ようやく、オーナーデスクの
整えを、目鼻が立つところまで
仕上げた
ヨミが 嗜めた。
細かいインテリアは、
今、ハジメオーナーが
資料を広げる中に
リストされている
はず。

「オーナー。そろそろデスク
完了しますので、ご確認ください

ダレンと、ケイトウも
もう終わりそうよね?後輩ちゃん
と、リネンでクリンリネスして」

キッチンからリネンを
持って戻ったシオンは、
手早く オフィス内のインテリアを
拭き掃除する。

「後輩ちゃん、さっきの話だけど
今回の移転は、純粋に家賃が
高くなった からってワケも
なきにしもあらず、なのよ。」

ヨミは、
そういいながら ロフトから
ステップフロアに降りて、
ハジメが座る テーブルに
寄りながら、
アンティークチェアを拭く
シオンに 応える。

「家賃ですか?」

「まあねぇ~。銀座へのブランド
進出は まだまだ海外からある
みたいでねぇ、もうかなりの
所が~、 京橋あたりに移転して
るのがぁ現状だよん~。
テナントビルの所有もどんどん
海外オーナーに変わってるしぃ」

ヨミに、変わって
ハジメが 資料から目を離さない
ままに、シオンの
疑問を埋める。

「この国の魅力はぁ、住んでる
いる 人間以上に、海外からは~
青い芝生なのだろうねぇ。」

「ならっ、他と同じ様に京橋
辺りでも、引っ越しは有りです
よねっ?ここも 家賃高そう」

改めて、シオンは
リネンを手に持ったまま
オフィスを見回す。
まるで、
掃除をする
シンデレラのように。

「後輩ちゃん。このオフィスでは
オーナー、新しく
『サブスクリプション』ようは、
レンタルアートも 手掛ける予定
なのよ。だから、あの奥にね。」

ヨミは、目線で
ロフトの下を示す。
実は ロフトの下は
ウォークスルーで、その向こうに
ブースがある。
来客ソファーに座ると
ブースがよく見える仕組みだ。

「ギャラリーは持たないけどー、
インテリアアートの提案をする
ブースは有るってことですねっ」

各々リネンを手に
ダレンと、ケイトウが戻って

クラシックアイアンの
イントレを拭き掃除だ。

「ウワウ。シオーンはまだ、
『例のブツ』を見ては
ないのね?オーナー?」

ケイトウが、
ある壁の向こうを指さす。

「あっち、 何あるんですかっ?」

「今回のオフィスを~、低層
フロアでぇ、借りた
本当の理由だよん~。見るぅ?」

ケイトウの言葉に
不可解さを覚えたシオンを、
ハジメが
壁向こうの
奥に 手招く。

行くと、そこには
まだ 奥に部屋があった。

「これって?!」

シオンが 度肝を抜かれたのも
わけない。

その部屋には 床から天井までの
バンク金庫室ような
ハンドル扉が そびえていた。

「本物の銀行金庫室な扉じゃあ
ないよん。でも、重量があるから
高層フロアはぁ、残念ながら~
借りれなかったなあ~。」

いやっ、個人金庫室で、
こんな仰々しいのは 初めてっ
て、オーナーは前職で
こーゆー金庫室は
当たり前に見てる?

「どう?後輩ちゃん?
お坊ちゃまのスケールでしょ?」

ヨミが、シオンの後ろから
金庫室の前に
ひょこっと、姿をのぞかせる。

「ようは、こーゆーのを使って
でも、作品をこのオフィスに
プールしておくような、顧客が
ヒルズファシリティにいるって
事ですよねっ!びっくりです!」

これから、また展開が
新しくなるんですねーっと、
シオンが
しみじみと
金庫のハンドルを
なぜて、

呟くと、

ハジメが怪訝な表情を
見せて、
ヨミも 金庫の前に佇む
シオンを
見つめていた。



ヒルズビレッジにある
オフィスタワーの
上層階VIPラウンジは、
思った通りに、
ハイクオリティで、
オーセンティックなインテリア
空間だ。

ここは、オフィススペースの
幹部や社長同士が異業種交流
にも使っているとかで、

クリスタルガラスで
ゾーニングした、
ミーティングテーブルも
ある。

もしかすると、
この天井のって!
いかにもな
某クリスタルガラスの
シャンデリアじゃん!

シオンは、ポカンと
口を開けたままで、
照明を眺めてる。

まだ時間も早めなせいか、
『武々1B』ギャラリーのメンバー
貸し切り状態。

セットアップも
大方終わり
ハジメに連れられ
ギャラリーメンバーは
ラウンジにいる。

「そーですね↑↑。ちょーど、
オフィスビューにある
ルーフトップガーデン
ですけど。
『名うて』?のガーデナー作庭
とかでですね、
ナショナルVIPをゲストに、
『お茶会』も
オープンされてますね↑↑。」

いち早く、ヒルズビレッジに
入り情報収集していた
ケイトウとダレンが、
ハジメとヨミに レポート中だ。


「 意外、『見合い』活用も多く
レジデンス住人
オフィスの企業関係、
テナント名店の御曹司、
老舗の若旦那衆も
頻繁に
庭園施設は 活用されています」

ダレンの言葉に オーナーである
ハジメは、顎に片手を
当てながら 頷いた。

「ハジメオーナー。今回は、
オフィスを置くファシリティに
かなり特化したアート展開を
考えておられると 言うことで、
宜しいでしょうか?」

ヨミは、並んだ惑星のような
眼鏡のツルを
いつもの様に押し上げてる。

そんなヨミに ハジメは、

「ヨミくんのさぁ、
鼈甲のフレーム?その上のぉ
ツーブリッジに まるで~
星みたいに添えてるのん、
淡水パールぅ~?」

横槍を入れて楽しんでいる。

「ハジメオーナーっ!
ヨミ先輩のツーブリッジグラス
は勝負眼鏡ですからっー!」

シオンが、ふざけるハジメを
あわてて 小突くと

ええ~、ヨミくん
玉の輿ねらい~と叫ぶ
ハジメ。

全員が、無言白い目線で
咎める。

「オーナー。
オフィスの新展開に、私も
気合いが入っていると
言ってもらいたのですが!!」

ごめん~ごめん~。
ハジメの ヒラヒラと謝る声が、
ラウンジに響く。

「このオフィスはねぇ、他の
オフィスと違ってぇ このさ、
セレブリティなヒルズコンセプト
に押し上げられて~、生活圏も
含め、限りなくぅ
エコノミックゾーンに近い
アートビジネスを 展開するよう
なるんだよねん。OK~?」

早い時間の為
ラウンジにサーブされているのは
アフタヌーンスイーツ。

ハジメ達のテーブルには
ブランドのテーブルウエアに

コーヒーや、ティー、
プティガトーが
並んでる。

「『ステイルーム』の流れでー
リモートコミュニケーションが
主になるなら、インテリアアート
も多くなりますしーって
事ですか?ハジメオーナー?」

シオンは、
まるでハイジュエリーのような
プティガトーを

白い指から紡ぐカトラリーに
ぶっ指して、
クルクル 揺らす。

「シオンくん、君ねぇ。ま、
いっ けど、、、
今回の自粛スタイル~、
全然さぁ、ほんと想定外だよぉ。
で、
転居したのはぁ、顧客が30代
ラインのぉ 若返り
エグゼクティブになるって
兆候からなんだよねん。 」

うん、
コーヒーも良いやつだよん。と、
ハジメは ご機嫌で
カップを傾けた。

「オゥレディ↑↑!
インテリア&コレクション
アートへのシフトですね↑↑」

シオンの口に、
ケイトウが スイーツを あーん
させながら、ハジメに
続ける。


ケイトゥくんはぁ、シオンくんを
好き過ぎだよねん~と、

ハジメは、苦笑して
ソーサーにカップを
下ろした。

「もとの画廊街での顧客はねぇ、
これからはぁ、相続転売の傾向
になるよねん~。うちは新参
だしぃ、業界の潮目が変わる
タイミングでの引っ越しだよん」

ヨミが、
ダレンに この後の予定、

打ち上げを兼ねて、
1つ下のフロア
レストランで
ディナー予約をしてるからと
聞いている。

「想定外の流れで、ハジメ
オーナーが思ってたー、
交流的アートセンターって
方向を 調整していくって
今後は なるんですかねっー?」

そんな事を
シオンが 事もなげに
言葉にして、
ケイトウは、意外そうに
眉毛を上げた。

それに気がついた
ハジメが、
自分の思考を、提示する。


「昔ならさぁ、宗教とか?
聖地をメインにね、経済や人の
流れをつくられたよ。
でもぉ、
今は それに変わる
何かとしてねぇ、公共的な
国の戦略で~ヨーロッパなんか
は、
アート・センターをつくって
結果を出してる。有効だよねぇ
従来なら、この国でもねぇ
インバウンドゲストは
歴史や芸術、景観を見て、
街に出て行く動線で計画
できたんだよ。
それがさぁ、そのベクトルを
今回はぁ、調整する事に
なるねってシオンくんは
さぁ、言いたいんだよね?」

ヨミと話がてら
聞こえていただろう、
ダレンが

「シオン姫は、よくオーナーの
未来的思考まで、推し量れる
ね?意外なシオン姫の一面だ」

ケイトウからのあーん攻撃を
終えた、シオンに
驚いたなと、
感嘆した。

いやいやっー、
ギャラリスト探偵なんて
変わりモノの思考を
アタシが 読めるかいっー。

「まあねぇ、
知りあって長いから~、
シオンくんも、ヨミくんもね」

シオンの変わりに、
ハジメが返事を 引き受ける。

シオンは、やや不服顔。

「シオーンと、オーナーは、
いつから『腐れ縁』ですか↑↑」

自分は、
今日2杯目の コーヒーを
手に持って、
ケイトウが
前のめりに ハジメに聞く。

シオンは、
青みがかった琥珀色の
ダージリンティーに
あえて、
ミルクを落として

ケイトウの言葉に、ふと
時間を遡って
しまった。

ハジメとの
始まりの時間軸。

それは、
決してキラキラとした
このラグジュアリーな空間に

全く縁の無い
人生の頁。

「あれからー、
何年たちました、、ですか?」

シオンの
小さな
その小さな
呟きが、
琥珀色の湯気に
くゆりと
シャンデリアに

昇る。




『それでは、授業を始めましょう
か。シオンさん、アザミさん、
教科書の13ページ、開いて。』

そういって
目の前の 女性教師は
授業を始める。

教師の名前は、
知らない。

年齢も。

担任ではない。

只、全ての教科を、
この教師から 教わるから、
恐ろしく優秀なのだろう。

現に、
私の隣に座る彼女は、
私より学年は下だ。



あれは、
もう10年以上前になる、
本来なら高校生として 迎えた
季節。

シオンは、
関西の中心地にある
駅ビルの1つで、
『高校』の授業を受けていた。

生徒は 隣の彼女、アザミと
自分、シオンだけ。

ここは、
『陰の学校』だ。

シオンも、こうなるまで、
知る事がなかったが、
西には
企業家倒産の時における
いくつかの共済保険が独自的に

闇に
存在する。

その1つに、
倒産による
夜逃げ企業家家族の
教育機関が あるのだ。

必ず開校されるわけではなく、
好景気時なら0人生徒。

不況になれば、
中学生で1くくり、
高校生で1くくり
それぞれ
隣の教室で、
全教科を 開校される。

シオンの時は
世界的経済不況の煽りで、
中学教室に 3人。
そして
この高校教室に シオンとアザミの
2人で 開校された。

多い方、らしい。

大抵、この生徒は子女。

子息達は、基本帝王学までないが
それまでに
経営学など学んでいて、
稼業の事業情報という
アベレージがある。

その為、
役立ち所が多いのだろう。

倒産の憂き目でも、
親族、知り合いに
引き取られて
学業を継続する事が
多い。

けれど、
子女は、よっぽどなければ
そのような 旨みがないのか
親戚などからの 待遇はなく、

共済に組する
企業家の協賛金や、
寄付で
闇に運営される
ここへ来る
という事実がある。

高校生の年齢である
シオンは、この『陰の学校』で、
卒業資格を習得する
しかない。

ここで、時間を稼ぎながら、
程なく 事業を建て直したり、
嫁入り先が決まったり
すれば、
年度途中でも
子女達は 姿を消す。

大企業ではなく、
中堅会社の令嬢達では

それがなければ、
とにかくここで卒業資格を
もらい、
自分で進学するか、
就職をするしかない。

そんな中
シオンと、アザミは
今日も、隣同士で、ほぼ
マンツーマンで
名も知らない 女性教師の授業を
受けていた。

そんな時だと思う。

駅ビルの 廊下側の窓から、
顔を出して 急に覗いた
タレ目の青年が、

武久一こと、ハジメだった。

彼は、
母親の名代として
この日 『陰の学校』に

訪れていた。

と、後で シオンは聞いた。


『陰の学校』には、
チャイムは鳴らない。




「・・・」

今日、
あんな遠い時間を
思い出すなんてねっ 、、
そう、
頭に浮かんだ光景を
シオンは
もとに 記憶の引き出しに 沈める。

表情には、明るさだけを
乗せて、

「アタシとハジメオーナー?
そんなに珍しくない話でっ、
アタシが高校の時に、
ハジメオーナーが、学校の見学に
来た時から?ですよね?」

シオンは、
溺れかけた記憶から
一旦浮上し、
まず、ケイトウに笑って見せて、

ハジメに目線を移した。


「う~ん。ほんと、どれぐらいに
なるのかなあ~。僕も 大学
インターン前かなぁ。てぇ、
ことはぁ10年は 立ってるの
かぁ。早いよねぇ~。うん。」

ほんとに、腐れ縁かなぁ~と
ハジメが ケラケラと
笑うのを、

「ならっ、ヨミ先輩とハジメ
オーナーなんて、中学からの
付き合いですよねぇ、もう
幼馴染っていうぐらいっ、
『腐れ縁』じゃないですか?」

やや、食い気味に
シオンが
ヨミを横槍に出して
ハジメを追いたてる。

途端に、
ケイトウとダレンが、
ヨミに視線をやって、

「え、そんなに、、、」
「ウワゥ、」

唸った。
成功だ。

こうして、満足感したシオンの
側から、

ヨミに

「余計な事は言わなくて宜しい!
後輩ちゃん!!
年がばれるでしょ!はい、この
話は終わり!この後、下で
ディナーの予定よ。いい?」

パンと軽いリズムで
顔の前、手を叩かれる。
それは、
次の合図。

ラウンジにも、
どこかの オフィスからか、
仕立てのいいスーツ姿の
男性陣が 品良い声を立てて
現れた。

「イェース↑↑!ディナー&
ステイね!オーナーサンキュー
です!今日は、シオーンとヨミ
3人で、パジャマパーティー、
サイコーですね↑↑!!」

ケイトウの声が、
そんな新手の客陣の
声を消した。

すでに、
アフタヌーンティーは
片付けられて、
ラウンジは 黄昏時を迎えている。


きっとねっ、
最上階展望フロアの眺めは、
極上のサンセットビュー
だろうなー。

シオンは、窓の外を見て、

「ヨミ先輩、アタシ、予定通り
この後ちょっと人に 会うんで
ディナーは、ホテルの夜食に
してもらっていいですか?」

ヨミに 少し
申し訳無さげに
伝えた。

「ああ、そうだったわね。了解。
って、後輩ちゃん、ちゃっかり
部屋に夜食オーダーするのね?
さすが、食べ物だけは、
譲らないっていうか。」

てへへ。ですねっ。
呆れ顔のヨミ先輩は、それでも
OKサインをくれるんですっ。


「ノー!!シオーン!
ディナーは?
下のラグジュアリーフレンチ!
一緒しないのですか!」

ケイトウが、シオンの肩を
掴んで揺らすから、
シオンはカクカクと

「ごめんねーっ。同級生が ここに
いるんだよー。久しぶりに
会えるから、どうしてもねー。
ほら 今日は、部屋一緒に泊まる
から、ケイトウ。sorryー。」

頭、
揺らされながら、
言い訳をしておく。

電話をかけていたヨミが、
シオンに OKマークを
指で作った。

どっちにせよ、
今日は、
ディナーの後も 下のホテルに
ギャラリーで
男女別れて
ホテルのラグジュアリーな
お部屋を、
ハジメオーナー様が
取ってくれている
わけですっ。


女性陣は、
3人の女子会で、

男性達は、バーかラウンジで
飲み会になる。
ーーーはず。


「ディナーはぁ、残念だけど~、
シオンくんは 時間大丈夫?
待ち合わせ。間に合うかなぁ?」

今さらながら、
ハジメが 時間を気にして
腕にした時計を
確認して、シオンに
声をかけてくれる。

「あ、オーナー、大丈夫ですっ。
この下のホテルで働いてるんで
直接、顔 見に行けば。
あの、アザミちゃん、ここで
今働いてて。覚えてますよね?」

ラウンジから、
エレベーターホールに
全員移動しながら、
シオンは、
下のフロアを
指さした。

何機もある
エレベーターは、
音もなく すぐにフロアへ来て
その 重厚な扉を開く。

「あれぇ?!今から会うのぉ、
アザミちゃんなんだぁ。
なんだ、なら誘ったらいいよぉ。
僕だってぇ
アザミちゃん 会いたよん~。」

ハジメは、タレた目を
さらにハの字にして、

ヨミから
カードキーを貰う。

今日の宿、ルームキーだ。

「覚えてましたか!なーんだ。
なら、アザミちゃんと相談して
もしかしたら合流してっ、
いいですか?図々しいですけど」

ヨミは、手際よく
ダレンやケイトウにも
カードキーを
配り終えて、
最後、ちゃんと
シオンにも渡しながら

「後輩ちゃんの図々しいのは、
今に始まったわけじゃない
でしょ?オーナーが了承なら
連れていらっしゃい。
私も、会ってみたいし。」

シオンの頭を
軽ーく、小突く。

イタイですって、ヨミ先輩っ。


高速エレベーターは、
スタイリッシュに
7の番号を
電灯させて、

扉を開ける。

「ありがとうございますっ!
じゃあ、先輩ー。可愛い 後輩の
荷物だけ、部屋に持っていって
くれませんかー。すいません」

シオンは、
顔の前で 両手を合わせて
ヨミに、
おねだりする。

1度 新オフィスに置いている
荷物を取って、
改めて オフィスクローズに
戻った、ハジメ達。

思い思いに、
鞄や、トランクを
手にしている。



「いやですわ!シオーン。
ワタクシがトランク、
ピックアップしますわ。
かわり、アピアランス
楽しみ、してるね↑↑」

ケイトウが、シオンの鞄を
引ったくって
バンバンと バグしていく。

「ありがとうっ。じゃ、
アタシ、下に行きますねっ。」

シオンも、
バンバンバグをケイトウに
して エレベーターボタンを
下に押す。

それに
ダレンが、?な顔をして

ハジメ達は、
再び エレベーターを
上にボタンを押す。

「1つ下のサロンホールに、
彼女いてるみたいなんで。」

一足先に
シオンが呼んだ エレベーターが
来ている。

あわただしく、
降りてきた
エレベーターに 飛びのりつつ、
シオンが 上に昇る
ハジメ達に 叫ぶと、

そのまま、

ハジメ達の目の前で、
その重厚な扉は 閉まり、

『チン♪』と、

合図をして

シオンを乗せた扉は、

下降ランプを灯した。




シオンは、
ハジメ達と 別れた扉がしまると、
さっきのエレベーターで
ヨミから渡された、
ブランドホテルのロゴが
デザインされた
カードキーを 一瞥して、
自分のポケットへ
入れる。

エレベーターのボタンを
見れば、
きっと ホテルフロアの
エレベーターキーも
兼ねているのだろうと 理解する。

もう随分前に 毎日使っていた
あの 『陰の学校』のカードキー。

真っ白で、何の表情も表示もない
カードキー。

駅ビルの迷宮に潜む、
『陰の学校』への道しるべ。

それは、
隣の同級生、アザミの潜伏家にも
出入りする為には 必要な
カードキーでもあった。

過去の記憶を辿る。

駅ビルを地下から入り、
左へと曲がる。

それをまた繰り返し
幾つかめの ビルテナントの
飲み屋街路地を左に折れた先に

その 間口の小さな
エレベーターは
あった。

このエレベーターで、
駅ビルのオフィスフロアに
上がれる。

戦後、西で最大の闇市があった
場所に、高度経済成長と共に
発展した 駅都市開発は、
この地域に、幾つも
高層駅ビルを建設させる。

昭和に建てられ、
それ以後どんどん 建て増し、
ビル同士の 階を渡して連絡通路、
地下街で 入り口を繋ぐ。

後から、継ぎ足し工事をして
膨らんだ駅ビル群は、
今となれば
その全容を知るものが
居るのか わからない
都市迷宮となっている。

そこに働くモノでも、
とりわけ 若い世代なら 特に
駅ビルの 上は 一生その迷宮を
知ることは無いだろう。

シオン達が
『陰の学校』を卒業してから、
耐震工事をするため、
建て直しをした 関係で、
大分、迷宮化は整備されたが、
それでも
利便性、デザイン仕様の
新しい近代ビルが
他に建設されると
人々の興味を惹くわけでもなく

時代の斜陽を見せるだけの
仕込み箱として、
話題にもならない。

そんな、迷宮を、
教えられた通りに シオンは
後ろから
尾けられる気配を感じつつ
なるべく、マクように
歩く。
と、いっても それは本当に
些細な抵抗だ。

1つ目のエレベーターを上がって
オフィスフロアに来る。

そのフロアから、
連絡通路を歩いて、隣の駅ビル。

そのフロアも、事務所ばかりが
入っているけど、シオンは
詳しくは わからない。

その一番奥。
非常階段のドアを、
例のカードキーで、

『ピッ。カチャン』
開ける。


「今日も、、」
「・・まあ、学校だろう。」

戸を開ける、

シオンの後ろから
男の声が
これ見よがしと耳に入る。

振り返り見る。
相手は、
隠れるでもない
スーツの男性
2人。

顔を 覚えても
意味はない。

シオンは
非常灯に浮き出す 扉を入って
キチンと締める。
見回せば
踊場に 2つめの、エレベーター。

年季の入った 駅ビル達の、
少しレトロな雰囲気がある
これまでのエレベーターとは
格段違う
真新しい。
エレベーターが、
場違いな非常階段の踊場に
出現するのだ。

これが、
サンクチュアリー聖域の入口。


シオンは
この毎日みる 非現実的行動と
最新鋭エレベーターの光景に、
最初こそ とまどったが、
今となれば この踊場が

安心して 息を吸える
場所になっている。

そんな
神聖な空気さえ 纏う、
エレベーターに
カードキーでタッチする。
このエレベーターには
外側にボタンは無い。

ややして、
エレベーターは静かに、
その扉を 常連である
シオンに開くのだ 。

『シオンさん、
このエレベーターは
このカードキーが無ければ呼ぶ
事も、動かす事も出来ません。
決して無くす、捕られるは
しませんように気を付けて。』

『陰の学校』入校の時に、理事と
呼ばれる男性に、諭された。

今日もシオンは、
エレベーターの中に並ぶ
ボタンの1つを押して、
カードキーで 認識ボタンを
タッチする。

そうすれば、

『シオンちゃん。お早よ!』

隣人 アザミが
教室の扉から顔を出した
シオンに 挨拶してくれる。

奥からは、中学組の子女達が
いかにも キャイキャイと
挨拶する声が 聞こえて、
それさえ 今のシオンには
微笑ましく 安堵する。

ちなみに、中学組の登校ルートは
入口も全く違うらしい。

「アザミちゃんっお早う。
あー、今日も目の下にクマ!
またー寝てないんじゃないっ?」

正統派美少女のアザミちゃん
なのに、目の下にクマ、、

さらりと
ショートヘアを揺らして
自然に目の下を、クックッと
指でマッサージをして
アザミは 笑う。

そう、
同じ女子でも見惚れる
『西山王の華』と、言われた
1つ年下の美少女、
西山莇美、、せいざんあざみ。

彼女の事は、
ここに来る前から
知っていた。

小中高一貫の女子学園の後輩。
美少女なのに、ショートヘア
なのが 学園で、人気で。

ジュニアボールルーム
ダンスの大会に出ていた。
彼女自身も有名だったから。

『シオンちゃんさ、今日は
大丈夫だった?
怖い事されてないの?』

オリエンタルな長い睫毛を
クッと広げて、毎日アザミは
シオンの安否を確認する。

シオンはチラリと
目の前の 美少女を
観察して、

「もうー。大丈夫だってっ。
なんなら 今日は、アザミちゃん
とこ行って、手伝っちゃうよ。
だから ご飯食べさせて
もらっても 良いっー?」

そうシオンが 鞄から教材を
出して、電話から母親にメールを
すると、アザミは

「シオンちゃんだって、いっぱい
バイトのシフトあるにさ。
手伝ってもらうの、悪いよ。」

シオンに謝る。

「いーのっ。それに、その方が
息詰まんないからっ。
アザミちゃんとこ、ホント安全
だし、居させてもらえるの、
正直言うとねっ、助かるよー。」

『カラカラカラ』

教室の引戸が空いて、

『はい!お早う。授業
始めましょうか。シオンさん、
アザミさん、1限目、世界史ね。
教科書の13ページ、開いて』

シオンは、
机に出した教科書の1つの
13頁を開いた。

世界史の授業を 始めた
女性教師の 講義を受けながら

何もかも『夜逃げ』て置いて
きた、自分の部屋を
思い浮かべる。

もう、
金目のモノなら なくなっている
だろう家財と一緒に、
あの 自室の部屋に
存在した 金庫も
無くなっているだろう。

あの中にあったものには、
もう 2度と会うことは
無い。

それでも、シオンの記憶には
鮮明に そのモノ達は
刻まれていて、
いつか そのモノ達の 謎を
紐解きたいと 思う。

今、籠の中のシオンに
やれることは、少ないけど、
何か自分の存在を
確かめながら 過ごさないと
生きて行けないような

不確定な毎日だった。


『世界史における、この時期の
日本の情勢というのは、、』


女性教師は、まるで難関大学
予備校の 有名講師のように、
全ての教科を、効率良く

興味深く講義していく。

質問にも 丁寧明確で、
引き込まれる。

世界史は 大戦時代。
世界恐慌であったり、国の
パワーバランスの変革が 顕著な
時代を 耳にしていて、

ふと 意識の交差点が
世界史を越えて、

かつての
『金庫の中身』に
シオンの意識の界隈が
戻ってしまった。


その古い大きな金庫は、
シオンの家に いつから
あったのだろうか?

シオンの部屋は 離れにあって、
女子学園の友達が
帰りに 寄る
溜まり場になっていた。

というのも、シオンの部屋は
美術部員っぽく
アトリエ化して、アンティーク
雑貨が混在した部屋は、
女の子の部屋にしては
渋く、それが
『いい感じ』らしい。

その中にあって、
存在感を放っているのが、
祖父の古い金庫だった。

祖父が亡くなり、
シオンが鍵を見つけたそれを、
珍しく集まった、女友達の前で、
シオンは 『解放式』をした。

入っていたモノは
金庫の大きさにも 似つかわしく
ない、3つのモノ。

玉璽のような風合いの印鑑。

菊紋が入った陶器の貨幣を入れた
陶器の銘々皿。

元は窓に嵌めていたであろう、
ステンドガラス、しかも一部分。
だった。
シオンを含め 女子達が、

『何?!これっ?! これだけ?!』と叫んだ。

宝石とか、真珠の指輪とか、
アクセサリー
あわよくば、お金が
あるかもしれないと
期待していた所の、謎のモノ。

シオンが見つけた、モノ。は
お祖父様が大事に
したものだったのは
分かるが、それ以降の状況を
助けるものには
ならなかった。


『カタン、、カタン』

女性教師が、
教卓の椅子に座る。
プリントで、講義した内容を
すぐにテストする。

意識は、
目の前のプリントに向くけど、
シオンは、
明日の授業終わり、
バイトに行く途中で
図書館によることを
決める。

また、後を尾けられながら
だろうけど
嫌がらせを 気にはしない。

自分を位置付けする
作業に没頭しないと。
そう、
勉強している間は
自分を
生きていられるから。

シオンは、
引き出した、シャーペンの
『星』の型のノックを
親 指先を押しあてて
自分の
白い指に『星』形を
グッと
つけてみる。

隣でプリントをする
『華』アザミ。
彼女は、友人や同級生というより
同士だろう。
成金のお嬢様といわれるが
オーラが違うから

彼女も 父親の倒産の憂き目から
護られる 『華』だ。

幼いころから
教育された品格と
姿の存在感と
名家でないとの 謙虚さ。

こんな時代でも、
封建な考えが まだある
世界はあって、

こんなお家状況なら 子女は
買われることもある。

現代の、裏面に凹みを
作っている世界を
シオンもアザミも
肌に感じながら

『学校』で小テストを終えて、
女性教師は確認すると

『カチャカチャ』

と、教卓脇のデスクトップに
打ち込む。
メールが届いた電子音もする。

宿題は出されない。
この授業だけで、
全てを 教え切り、
理解する。

今日があるからと
明日があるとは
限らない。

「シオンさん。お昼休憩の時に、
時間を貰っても
よろしいですか?
この間、寄付をしてくださる
方が 見学に こられました件で」

放課後もない学校だから、
呼び出しは 昼休憩中。

最近は、隣の中学組と
シオンとアザミは
一緒に ランチをしている。

シオンは「わかりましたー。」と
頷いて
アザミを見れば
彼女も、頷く。

『短大に自分で行きたいかい?』

寄付金元の名代と言った
タレた目の青年は、あの時
口を弓なりにして
シオンに聞いた。

きっと、その件だ。

かつては
東京湾の入江であった池は、
琵琶湖に見立て、
竹生島になぞり
中島に弁天堂が造られた。

夏は眺めが美しく、
絵や小説にもなり
蓮の名所あったことで、
袂の茶屋では
蓮飯を 出していたという。

そんな
池の付近にある 霊園。

7月盆で、いつもより霊園には
人の姿が多い。

その人々の姿の中に、
レンと カスガの姿があった。

「カスガ、ここだ。
お前の名刺も 入れておくと
いい。一応、ハンカチ使え。
名刺受け 触らないようにな。」

レンは、大きな 墓石に 手を合わせ
自分は、持参した
白手袋を はめた手で
さっき、何枚か 先刷りした名刺を
墓石の横にある
名刺受けに 入れた。

「先輩っ!これなんすか?
名刺入れるとこが、お墓に
あるって、妖怪ポストっすね」

カスガは、レンに言われた通り
ハンカチに、名刺を挟んで、
器用に 妖怪ポストならぬ、
名刺受けに、
社から渡される
名刺を ポトンと入れた。

「まあな、最近は置くのも、
少ない。俺は西の生まれだが、
あっちでは置いているのは、
一部だな。
企業墓ぐらいだろう。いくぞ」

レンは、手帳を出して
次の企業墓への道を 確認している。

「墓参りって、営業になるんす
ねっ。名刺なんて、そのまま、
置いとかれそうなんすけど。」

てか、すげー広いんすねっ!
とか しかし暑いっすとか
文句を言うカスガに
目もくれず、レンは 隣の区画に
足早く移動をしていく。

「ここは、企業墓だけじゃない。
芸能人や、歴史人の墓もある。
大学のゼミで 研究している
教授や生徒が 名刺を
入れたりすると、故人の家から
礼状が届けられたりもするらし
い。企業墓も、キチンと管理
されている。意外にな。」

だから、出入りしている
企業の墓には、足を向ける事に
していると 、レンはいいながら
次の 墓石の前で
足を止めた。

「なんで、今どきデジタルで済む
のに、名刺なんかって思うっす
けど、確かに ここはデジタル
って訳に、いかないっすね。」

どこからか、線香の炊く匂いが
流れてくる。

法事なのか、
いや、僧侶の読経が聞こえる。

見れば、喪服の親族が
並ぶのが見えた。

全く知り合いでもない
骨入れの儀を、遠くに見ると、
レンの意識が
古い記憶を引き出してくる。

レンは、目の前の企業墓に
合掌をして。

「そうだな。この時制、手渡しの
名刺は風雪の灯火かもな。
それでも、俺は この紙で 今の
仕事をしているんだ、カスガ」


俺は、
あの 祖父の葬儀で、
手渡された 1枚の名刺と、
祖父の墓に 手向けられた 名刺を
頼りに、
自分の人生を賭けたんだ。

「まあ、営業にとっちゃあ、名刺
配ってなんぼっすよね。先輩
とこは 7月盆っすか?オレん
とこは、8月なんすけど、」

カスガも、レンに並んで
合掌をするやいなや、
向こうにみえる 僧侶を見て
話を続ける。

「俺のとこも、8月だ。あそこの
読経は、盆じゃなく、骨入れだ」

へぇー、先輩よくわかるっすね、
と カスガがした相づちは、

ー祖父の葬儀に 名刺をくれた
記憶の男の声に 遠くになるー

『おまえさん、惣兵衛さんとこに
来てた坊主だろ。爺さんが
懐かしくなったら、来たらいい。
ケーキ食って、昔話してやる。』

ー雨の中で、
行列になる 弔問客の1人の
顔を仰ぎみると、
たまに 母親と手伝に行く、
祖父の食堂で見た男だった。ー


「俺の母親が、墓世話にうるさく
てな、よく仕込まれたんだよ。」

再び、レンは
白手袋をはめた手で名刺を
入れる。
そんなレンを見て、慌てて、
カスガも ハンカチに名刺を
取った。

「じゃあ、先輩んとこにも、
『名刺受け』ってあるんすか?」

「ああ、母方の墓にな。祖父が
亡くなった時に、母親が
わざわざ用意したよ。西はな、
あまり 『名刺受け』は個人で、
置かないからな。ここらへんは
個人でも、よく見かけるよ。」


ーあれは、
祖父が亡くなって 程ない
月命日に、母親と
墓世話に 行った時だったー

「確かに、名刺受け置いてるっす
ね。でも、中に 名刺って入って
るんすかね。あ、あれとか!」

カスガは、
よっと 軽く勢いをつけて、
向かいの墓に 見に行く。


ー 『母さん、いくつか名刺ある』
そう、母親に声をかけて
名刺受けから、出した手袋の
手に、例の葬儀で貰った
名刺が また乗っていたんだー

「カスガ!墓は、むやみに
石の穴には 触るなよ!やめとけ」

レンの声に、カスガがビクッと
肩を揺らした。

「先輩、怖い事言わないで
くださいよっ。驚くっすよ!」

レンは カスガを
残念な眼差しで 射ると、

「カスガは、
墓参り、あまりしないのか。」

手袋を外して
カスガに問いかける。

「いやー。あんまりっすね。
自分ちの墓っても、嫁さんと盆
に、親に連れられて 子どもらと
行くぐらいっすよ。はは。」

そう、自分よりも若い
この後輩は、意外に学生結婚を
して、すでに子どもも
何人かいる。

「穴に寝ているモノを起こすのは
よくないと、母親の教えだよ。
人生を変えられるって戒めな」

レンの言葉に、
カスガは一瞬 顔を強張らせて
名刺受けに使った、ハンカチを
すぐにはたいた。

「だから、先輩 白手袋なんすね。
なら、早く言ってくださいよっ
オレ何かあったら、
嫁と子ども が泣きますって。」


ーあの名刺を頼りに、かの男を
訪ねた、高校の俺は 祖父が
可愛いがった 孫娘の窮地を、
助けて欲しいと 懇願した。ー

「迷信だろ。でも、それぐらい
人が眠る場所には、いろんな
力があるって事だ。むやみに、
荒らすなよ。これからもな。」

さっきまで聞こえていた
読経が もう止んでいるが、
焼香の匂いが、今度は漂う。


『あの時の坊主か。
惣兵衛さんに似とるなあ。、、
お前さん、長男だっけか?
うちんとこで 、金返せるか?
お前んとこの稼業捨ててだ。
働いて 恩を返すの、どうよ。』

あれから、男も亡くなり
グループ会社で 今も こうして
部下を連れて
歩いてるなんてな。

「わっかりましたっ。って、
先輩も、企業墓に名刺置くって
教育は会社で受けたんすか?」

レンが、腕の時計で時間を
確認する。
そろそろ次のアポだ。

「カスガ。こんなの、営業研修
なんかしないぞ。俺の経験
からだ。俺の独自の方法だよ。」

えー。そーなんすか?!
営業プロっぽいって思ったん
すけどーと、カスガが
口を尖らせる。

「じゃあ先輩は、いつから
こうしてるんすか?」

霊園の駐車場に、足を向けるて
レンは

「大学から、このグループの
企業墓に足を運んでたよ。
昔から、世話になってた
からな。お陰で、面接官に、
資料で、それを聞かれたよ。」

苦笑して、カスガに答えた。

「でも、あのセレブヒルズの
病院の後に こんなお墓って、
ギャップがキツいっすよ。」

「また、この後 回る院がある。
ここからも近いからな。それ
が終われば、今日は解散だ。」

霊園の周りには、大学病院が
多い。

「でも、さっきのセレブ病院の
ドクターに、夜誘れてたっす
よね。オレも行きますよっ。」

止めていた車に乗り込んで
カスガが意気揚々と、
レンに宣言するが、

「カスガ。お前は、帰れよ。
ドクターには、個人的に誘われた
んだからな。大学の研究室時代
からの 顔繋ぎだ。悪いな。」

レンは ツレなく却下して、
カスガに さっさと、車を出せと
ハンドルを握らせた。

江戸時代には
この池で蓮レンコンは
将軍献上品。

蓮は 仏の慈悲のシンボル
でもある。

よって 蓮飯は、
仏教における 盂蘭盆の供物。

茶屋は、団子やおこわを
蓮の葉で包んで
紅白に咲く 美しい蓮を見に来る
モノに出していた。