ヒルズビレッジは
その一番地下に、
直結する 新しいステーションが
建設されている。

オフィスタワーの地上階からの
沿線と
地下階からのメトロ。
クリスタルガラスの吹き抜けが
至るところデザインされた
構内の 地下階段の途中で、
アザミは 大きい天窓を仰いだ。

規則的で、独特な飛行音が
頭上に開けた空を
横切り 旋回している。

どうやら、
今週に入って情報オープンされた
要人輸送ヘリだろう。

明日職場に出勤すれば
また何かしらの
スケジュールが発表される。

世界の貴賓を招待しての
国家行事を秋に控え、
出来たばかりの
ヘリポートの離着テスト。

そうアザミ達、
スタッフは聞いている。

これまでに
首脳会議のセッティング
経験者は
チームのリーダーとして
立案に忙しいが、
アザミ達は 完全にサポート。
呑気なもの。

旋回して着陸態勢のヘリの音を
聞きながらも、
止めた足を また下り階段へ
運ぶ。

地下に目をやる。

「シオンちゃん、驚いてたなあ」

思わず
溢れた言葉の意味を、
確かめるように
クリスタルガラスに映る

自分の姿を アザミは
一瞥した。
それでも、、

「会えてさ、良かったよ。」

あの頃の自分とは
違う形かもしれないけれど、
かつて同じ『学校』で
束の間の
人と、どこか 違う青春を
共有した 友。

「うん。帰ってきたってさ
ようやく 実感できたかも。」

そうして、ぐっと 力を込めて
右の手を 握りしめる。
祈るようにそれを、
開いて
何もない 手を見る。

よし!と、

メトロステーションへの
地下階に降りれば
同じように改札を目指す
仕事帰りの人混み。

どこにでもいるような
後ろ姿をして、

アザミの姿は
雑踏に紛れて 消えた。


↑↑↑↑↑


ヒルズビレッジオフィスタワー。
そのVIPラウンジで
待ち合わせをしていた 相手に
引き摺られ
エレベーターホールに
連れられた、レンは

「こちら、お返ししますよ
ドクター。わざわざ 此のような
モノまで渡して、何事でしょう」


おもむろに、
手にしたカードキーを
相手に返す。

今夜の迎合相手は、
このヒルズビレッジにある
セレブリティな
巨大総合病院のドクター。
普段は『読影』で引っ込んでる
はずの画像診断医だ。

「こうでも、しないと君、
来てくれないでしょ?」

出入りする大学病院でも
たまに、ラジエーションハウスで
同類のドクターを
見かけるが、
この相手は レンより 少し
年齢が上程度の若さで、
それは 珍しい、、、

そうでもないか。

「どこに拉致されるのでしょうか
できれば、厄介事は遠慮します」

そもそも、
レンが 懇意にしているのは
研究ゼミ時代のME、
臨床工学技士の友人だった。

「ちょっと相談に乗って欲しい」

その繋がりで、何故か
紹介されたこの相手は、
院内でも 服装は Gパンの
ラフスタイルで、
今も 秒速エネルギーゼリーを
口に咥えている。

はあー。
レンは、わざとらしく溜息つく。

そんな
レンにお構い無しに、
相手は、器用にゼリーを咥えた
ままに

「ところでだけど、君って結婚
してたんだね。まあ、イケメン
だし、モテるだろうけど。でも
今、その指輪、気がついたよ。」

言い寄ってくる。

渡したカードキーを持つ
掌で、メンテナンスした指輪が
よけいに 目立ったか。

レンは、その環に唇を寄せて

「最愛の人の リングですよ。」

とだけ伝えると、相手は
特に 気にしない素振りを見せる。
これで、この話は打ち止めだ。

その証拠に
呼ばれたエレベーターが開くと
無言で 乗り込む 2人になる。

相手が カードキーをタッチして
フロアを指定。
その階を理解した レンは、
思わず
相手を静止した。

「ドクター!!どちらにいかれる
つもりですか。上なんて、、、」

「悪いが、ヘリポートだ。君、
高所は平気?無理でも 連れて
いくけれど。すまんね。じゃ」

そう言って、
自分の耳を指さして、
ハンズフリーをONにするのを
レンに強要した。

「高所は、平気です。日本で
一番高いビルのヘリポートに
上がった事も ありますので、
ご心配無用ですよ、ドクター?」

だから何故ヘリポートなんだ?

抵抗するのを早々に
諦めたレンは
思っ切り、口を弓なりにして、
自分のハンズフリーイヤホンを
耳にする。

エレベーターは ガラス張りの
手狭なエントランスに開く。

360度、
視界良好なせいで
重厚な扉が開いたとたん、
同じ目線に 夜空が広がる。

ふと、宇宙まで続く
エレベーターの計画があるが、
こんな感じかもしれないなと
レンは 考えた。

「ここ、防音効いてるけど、
出たら凄いから。もう旋回
始まってるしね。」

レンを拉致した相手は、
エントランスから外を指さす。

なるほど、上空には
着陸信号を赤く光らせ、
サーチライトを照らす 機体が
腹を見せていた。

2人で、エントランスを出れば

『タクタクタクタクタクタク』

と、独特の旋回リズムと
『シュゥーーザ、カチャカチャ』

エアーを切りながら、機械音を
出して 下降始めた
ヘリコプターが 一代、
さっきの 夜空から
着陸してくる、風圧。

「なんだ、有名ブランドが
作ったっていう、例の
ヘリコプターじゃないんだ?」

耳の奥から聞こえた
相手の言葉に、

「やすやすと襲撃を受けて 良い
人物では、ないのでしょ?
このヘリ、要人輸送ヘリですよ」

まあ、この時期に
首都ど真ん中を、『飛べる』のは
どんなセレブでも無理だろう。

『ヒュンヒュンヒュンヒュン』

ポートに就いて、暫く回る
ヘリのプロペラを 見つめて。
隣で 白衣をバタつかせる
ご仁を 盗み見する。

「そもそも、 出迎えが
私と、貴方だけ なのですか?」

合わせて、ゼリーは
白衣のポケットに 仕舞っては?

との レンの問いかけに

「今日はヘリの離着訓練だとさ」

このご仁は
飲み干したゼリーのゴミを
無造作に 白衣に突っ込んで 答える

「訓練ですか。初ヘリポートの
使用が、今という事にしたと。」

安全確認だろう、
ヘリのドアは すぐには動かない。

「親日国で 何人目かの王子が
技術省補佐官をしてるって
言えば、予想できる?そこの
補佐官が、メディカルチェック
しに来たついでに、国益になり
そうなモノを相談したいってさ」

1人 警帽被りの男が 出て来た。
航空警備隊だろう。

「ドクター、そういう事は 閣僚や
官僚での案件ですよね?あと、
要人には ボディガード、ついて
くれますよね。狙撃対応なんて
出来ませんよ。さすがに。」

左右や周りを確認して
向こう側に 警備隊員は 回りこむ。

「君、格闘技できるよね、確か」

2人並んで 直立をしたまま
とんでもない台詞を吐く ドクター

「護身術を、嗜む程度です。
あと、今は 亡き者になる
つもりもありませんよ。」

眼光を鋭くして、睨むレン。
勘弁してくれ。

「骨は拾うし、ちゃんと読むよ」

「埋める墓も決めてますし、その
手も、決めてます。結構です。」

やれやれ、冗談も通じないか。
と、相手は肩をすくめ、

「もと我が国の官僚が、今は
退官して、彼の国に移住して
てね。その人間が繋ぎでね。
出来れば民間を希望なんだと。
ぴったりでしょ?旨味あるよ」

君なら、この国の開発とか
研究途中の技術でも モノでも
解るよね?と 隣で笑う。

さっきの話は無視され、
レンは 忌々しく舌打ちする。

「確か、天然ガス資源が 豊富で
シンガポール並みに、国民利益が
ある国のはず、ですよね?」

そうだ、
唸るほどゴールドがある国だ。
確かに 資金があれば
進む研究を抱える処も
国内には多い。

それも合わせても。

なんの因果か。


向こう側から、
スーツ姿の日焼けをした
恰幅のいい 男性が
ボディガードや 警備隊員に
囲まれて、歩いてくる。

「未来への政策を探して この国に
来たんだろうよ。あ、日本語で
十分話できるって。切るよ。」

ハンズフリー会話が終わり、
ドクターは 向かってくる
要人男性に 挨拶をする。

ドクターは、手短かに
レンを すぐその場で 紹介した。

腹を括るか、、。
レンは 密かに 息をはいた。

そして、予め
すでに 手の上に出していた
名刺を その要人に
見せ、一旦、
秘書を介して 渡す。

思えば、これまでも
この紙一枚で 幾つの縁を掴んで
結んで、
繋げてきただろう。

初めは、まだ力の無い自分が
大切なモノを守る為に
その 紙を手にした。

そんな事を
要人が、秘書の手から
名刺を見る姿を、
表情を 固くして
見つめる。

彼の国の要人が
穏やかに、それでいて威厳ある
顔で、話かけるのを
ドクターとともに
受け答える。

「一枚の縁が、人生決めたな」

誰にも聞こえないよう声にする。


回りを 人の砦に囲まれながら、
ドクターが
エレベーターへと 誰もを
案内をすれば。

召還される扉を前に、
夜風が 自分の額の汗を
冷やしている事に
レンは
気がついた。

「見事だな。」

レンは ようやく、ここで
足下に 何処までも続く
この街ならではの 無限夜景を
眺める。

迎えた要人を前に、
迎えられた 歓迎を前に
どちらも 緊張からか、

この夜景に気がつかない。
だから、
1人で 眺めるのは 残念だ。

「ますます、
君から 遠くなる気がするな。」

落とした視線が、自分の胸元に
降りる。
ふと、
さっきの情景が浮かび上がる。

ーさっきの彼女。
シオンの、何だろうか。ー



エレベーターから 見送る 後ろ姿。

彼女は、
キラキラと輝る
最愛の従妹の 『薫り』を 夜風に
昇華させて、
消えた。

出来れば、会えない薫りを
もう少し、堪能したかったと
思う レンの
目の前で、

未来を乗せた

エレベーターの扉は 閉じた。




END
2020・9・1~26
『夏は境界。ギャラリストが移転
を決めた旅。~和光時計の街編 』
脱稿