「あれ、江里乃ちゃんどうした」
「どうした、じゃないですよ。また風邪引きますよ」
のほほんと返事をする先輩に呆れてしまう。
先輩はぺしぺしとベンチを叩いて、私に隣に座るように促した。そっと腰を下ろすと、お尻からひんやりと冷気が伝わってくる。それを待っていたのか、またギターを鳴らしはじめる。
聞き覚えのあるリズムだ。
「それ、前に楽器店で弾いてくれたのと同じですよね」
「そう、江里乃ちゃんの曲。いい出来だなと思って」
中庭に、ギターの音が響く。店で手にしたエレキギターではなくアコースティックギターだと、前よりもやさしい音色だなと感じた。
「あと一ヶ月で卒業だな」
先輩が、視線をギターのヘッドに向けながら呟いた。
そうか。来月の今頃には、もう先輩はいないのか。
「さびしいですね」
「俺がいなくなるとさびしくなるよな、わかるわかる」
「……三年生がいなくなるのは、さびしくなりますね」
にひひ、と言われたので素っ気ない返事をした。
そのとおりです、なんて言えるわけがない。
「来週には引っ越しの準備もしなきゃいけないから、学校にも来れないし」
「え、引っ越すんですか?」
「大学まで片道二時間弱かかるからな」
さすがに通いは面倒くさいだろ、と先輩が言った。
その返事に、ほっとする。遠いところに行ってしまうのかと思った。片道二時間なら、毎日はしんどいけれどけっして遠くはない。
けれど、その準備で学校に来なくなるということは、交換日記のやりとりはもうできなくなってしまうのか。
心地よい音楽に身を任せていると「先輩がいなくなるのは、さびしいですね」と本音をこぼしてしまった。それにすぐに気づき、
「ほら、先輩は目立っていたので」
と、慌てて言葉をつけ足す。
「はは、江里乃ちゃんにそう言ってもらえると自信になるよ」
なんの自信なのか。
「今度焼き肉おごってやるよ」
「先輩をおだててたかるためにウソ言っているだけかもしれないですよ」
焼き肉食べさせてもらえるのはうれしいけれど。
そう言うと、先輩は手を止めて「それはないよ」と笑いながらもはっきりと、それこそ自信満々に否定した。私の顔をまっすぐに見据えて、断言する。
「江里乃ちゃんは、ウソをつかない」
思考が一瞬、停止する。再起動するまで、表情を固めたまま「ど、うですかね」と言葉を吐き出す。まるで、ロボットみたいな、無機質な声になっていたかもしれない。
「江里乃ちゃんのことは信用してるから」
なにを根拠にウソをつかないと言っているのだろう。私のなにを、どこを、信用しているのだろう。目をそらして地面に視線を落とす。なにか返事をしなければと思うのに、どうしても口を開くことができなかった。
「どうした、じゃないですよ。また風邪引きますよ」
のほほんと返事をする先輩に呆れてしまう。
先輩はぺしぺしとベンチを叩いて、私に隣に座るように促した。そっと腰を下ろすと、お尻からひんやりと冷気が伝わってくる。それを待っていたのか、またギターを鳴らしはじめる。
聞き覚えのあるリズムだ。
「それ、前に楽器店で弾いてくれたのと同じですよね」
「そう、江里乃ちゃんの曲。いい出来だなと思って」
中庭に、ギターの音が響く。店で手にしたエレキギターではなくアコースティックギターだと、前よりもやさしい音色だなと感じた。
「あと一ヶ月で卒業だな」
先輩が、視線をギターのヘッドに向けながら呟いた。
そうか。来月の今頃には、もう先輩はいないのか。
「さびしいですね」
「俺がいなくなるとさびしくなるよな、わかるわかる」
「……三年生がいなくなるのは、さびしくなりますね」
にひひ、と言われたので素っ気ない返事をした。
そのとおりです、なんて言えるわけがない。
「来週には引っ越しの準備もしなきゃいけないから、学校にも来れないし」
「え、引っ越すんですか?」
「大学まで片道二時間弱かかるからな」
さすがに通いは面倒くさいだろ、と先輩が言った。
その返事に、ほっとする。遠いところに行ってしまうのかと思った。片道二時間なら、毎日はしんどいけれどけっして遠くはない。
けれど、その準備で学校に来なくなるということは、交換日記のやりとりはもうできなくなってしまうのか。
心地よい音楽に身を任せていると「先輩がいなくなるのは、さびしいですね」と本音をこぼしてしまった。それにすぐに気づき、
「ほら、先輩は目立っていたので」
と、慌てて言葉をつけ足す。
「はは、江里乃ちゃんにそう言ってもらえると自信になるよ」
なんの自信なのか。
「今度焼き肉おごってやるよ」
「先輩をおだててたかるためにウソ言っているだけかもしれないですよ」
焼き肉食べさせてもらえるのはうれしいけれど。
そう言うと、先輩は手を止めて「それはないよ」と笑いながらもはっきりと、それこそ自信満々に否定した。私の顔をまっすぐに見据えて、断言する。
「江里乃ちゃんは、ウソをつかない」
思考が一瞬、停止する。再起動するまで、表情を固めたまま「ど、うですかね」と言葉を吐き出す。まるで、ロボットみたいな、無機質な声になっていたかもしれない。
「江里乃ちゃんのことは信用してるから」
なにを根拠にウソをつかないと言っているのだろう。私のなにを、どこを、信用しているのだろう。目をそらして地面に視線を落とす。なにか返事をしなければと思うのに、どうしても口を開くことができなかった。