窓から突然、やってきた先輩は、颯爽と私を助けに来てくれた特別ななにかのような印象を抱いたことを覚えている。

 あの日は、関谷くんに別れを告げられた日だった。

 泣いていたわけではない。ああ、またかとそう思っていただけだ。高校に入ってはじめての彼氏にも、中学時代と変わらない理由で振られるんだなと。

 ――『で、どうした?』

 先輩は、そう言った。そして、私は『なんでもないです』と答えた。存在は知っていても話したことのない人に、失恋したことなんて言えるわけがない。それに、私は悲しみに暮れていたわけでもない。
 けれど、誰かがなにかに気づいてくれた。

 それだけで、心にぽっかりと穴が開いたような気分が、埋まった。

 それ以上の会話をした記憶はない。先輩は深く事情を聞こうとはしなかったし、私は当然先輩のさびしさに気づいたりもしなかった。ただ、あまりに汗だくなので、『拭いたほうがいいですよ』と言った。

 感謝されるようなことは、思い当たらない。

 もしかすると、私はとんでもない勘違いをしているのかもしれない。空高くから大きな石が降ってきたような衝撃に、脳が揺れて焦点が定まらなくなる。

 これは、早急にはっきりさせなければいけない。

 でないと、日常生活が送れなくなりかねない。

「確認、しなきゃ」

 ただ、この交換日記で「誰が好きなんですか」と訊くわけにはいかない。不躾な質問になってしまうし、本音を言えば知りたいのに知るのが怖い。心の準備が足りない。とりあえず今は返事を書いたノートを靴箱に入れて、先輩から返ってくるのを待とうと決めた。



 けれど、その日先輩からの返事はなかった。

 昼休みに靴箱を見に行ったけれど、交換日記は私が入れたままの状態で中にあった。先輩が見た形跡はなく、がっくりと肩を落として教室に戻る。

 一度も学校で見かけないので、おそらく今日は来ていないのだろう。私と約束をしていたわけではない。本来は来なくてもいいのだから、いつ学校に来ていつ休もうが、先輩の自由だ。

 なのに。頭では理解しているのに。

 学校来るって言っていたじゃない、と先輩を責めたくなる。もしかしたらまた風邪でも引いているんじゃないかと心配する気持ちもあるのに、それよりも不満のほうが大きい。子どものように拗ねてしまう。先輩に文句を言いたくなる。そして、そんな自分がいやでいやで仕方なくなる。私はなんて自分勝手でいやな子なのかと、自分のことがきらいになる。

 目の前では、優子が希美に米田くんの愚痴を言っていた。原因はよくわからないが、また米田くんとケンカをしたらしい。前までなんでこんなに頻繁にケンカをするのか理解できなかった。お互い歩み寄ればいいだけだし、感情的にならずに話し合えばいいと、そう思っていた。

 でも、今はなんとなく、わかる。