でも、できれば今日は先輩のことを考えたくない。
じゃないと、ペースが乱れてしまう。私が私でなくなってしまう。
なのに。
「江里乃ちゃん、今日デートしない?」
授業が終わってすぐに先輩が教室にやってきて大きな声で私を誘った。デート、という言葉に優子が「え? なになに? そういうことなの?」と私の肩をバシバシと叩く。そのおかげで、慌てふためきそうになった自分を制することができた。
「なんなんですか、急に」
「せっかくだし一緒に帰らないかなって」
「……いいです、けど」
せっかくだし、の意味はわからないけれど。
幸い今日は生徒会はないし、希美も優子も彼氏と約束があるのでひとりで帰る予定だった。でも、どうして私を誘うのだろう。疑問を抱きながらも、断るという選択肢は浮かばず頷いた。
先輩は「これもデートじゃない?」とまた私を惑わすようなことを言う。私をからかって遊んでいるだけなのだと結論づけて、能面のような顔で「さっさと帰りますよ」と教室を出た。先輩の一挙一動にこれ以上振り回されたくない。
昇降口を出ると先輩が「さむ」と言って顔をしかめて肩をぎゅっと寄せた。先輩のチャコールグレーのマフラーがぱたぱたとなびく。
「あー、海とか行きてえなあ」
「え、いやですよ。寒いじゃないですか」
信じられない言葉にぎょっとする。真冬に海なんて正気の沙汰ではない。
「じゃあ、夏になったら海でも行くか」
これは、今年の夏の約束なのだろうか。ただの社交辞令なのだろうか。受け止めかたがわからなくて、ぼかした返事をする。けれど、先輩はそれに満足したのか「いいな海」と白い息を吐き出して、脳裏に海を思い描いているのか目を細めた。
海辺で、先輩はきっとはしゃぎ回るだろう。スイカ割りとかしたがりそうだ。ビーチバレーとかも。あと山盛りの焼きそばとか手にしている姿も自然と浮かぶ。
白い砂浜、青い空、透き通る海。その中で太陽みたいに笑う先輩。
「でも先輩は、山のほうが似合いそうですね。緑のイメージです」
「じゃあ、山も行くか」
返事が軽すぎて、結局その程度の気持ちで誘っているのだと思った。きっと誰にでも同じようなことを言っているのだろう。
「でも江里乃ちゃんがそう言うなら、今度は緑色に染めてみよっかな」
「卒業式を控えてるんだからやめてください」
桑野先生が泣いてしまう。それに私たちは先輩を知っているからまだしも、保護者の方々は目を丸くすることだろう。せっかくの卒業式なのに、先輩の緑色しか 記憶に残らないかもしれない。
「でも目立つだろ」
「今のカフェオレ色で十分目立ってますから大丈夫ですよ」
「もっと早くこの色にしとけばよかったよな、俺」
自分の髪の毛を一房つまんで、先輩が光を当てる。
じゃないと、ペースが乱れてしまう。私が私でなくなってしまう。
なのに。
「江里乃ちゃん、今日デートしない?」
授業が終わってすぐに先輩が教室にやってきて大きな声で私を誘った。デート、という言葉に優子が「え? なになに? そういうことなの?」と私の肩をバシバシと叩く。そのおかげで、慌てふためきそうになった自分を制することができた。
「なんなんですか、急に」
「せっかくだし一緒に帰らないかなって」
「……いいです、けど」
せっかくだし、の意味はわからないけれど。
幸い今日は生徒会はないし、希美も優子も彼氏と約束があるのでひとりで帰る予定だった。でも、どうして私を誘うのだろう。疑問を抱きながらも、断るという選択肢は浮かばず頷いた。
先輩は「これもデートじゃない?」とまた私を惑わすようなことを言う。私をからかって遊んでいるだけなのだと結論づけて、能面のような顔で「さっさと帰りますよ」と教室を出た。先輩の一挙一動にこれ以上振り回されたくない。
昇降口を出ると先輩が「さむ」と言って顔をしかめて肩をぎゅっと寄せた。先輩のチャコールグレーのマフラーがぱたぱたとなびく。
「あー、海とか行きてえなあ」
「え、いやですよ。寒いじゃないですか」
信じられない言葉にぎょっとする。真冬に海なんて正気の沙汰ではない。
「じゃあ、夏になったら海でも行くか」
これは、今年の夏の約束なのだろうか。ただの社交辞令なのだろうか。受け止めかたがわからなくて、ぼかした返事をする。けれど、先輩はそれに満足したのか「いいな海」と白い息を吐き出して、脳裏に海を思い描いているのか目を細めた。
海辺で、先輩はきっとはしゃぎ回るだろう。スイカ割りとかしたがりそうだ。ビーチバレーとかも。あと山盛りの焼きそばとか手にしている姿も自然と浮かぶ。
白い砂浜、青い空、透き通る海。その中で太陽みたいに笑う先輩。
「でも先輩は、山のほうが似合いそうですね。緑のイメージです」
「じゃあ、山も行くか」
返事が軽すぎて、結局その程度の気持ちで誘っているのだと思った。きっと誰にでも同じようなことを言っているのだろう。
「でも江里乃ちゃんがそう言うなら、今度は緑色に染めてみよっかな」
「卒業式を控えてるんだからやめてください」
桑野先生が泣いてしまう。それに私たちは先輩を知っているからまだしも、保護者の方々は目を丸くすることだろう。せっかくの卒業式なのに、先輩の緑色しか 記憶に残らないかもしれない。
「でも目立つだろ」
「今のカフェオレ色で十分目立ってますから大丈夫ですよ」
「もっと早くこの色にしとけばよかったよな、俺」
自分の髪の毛を一房つまんで、先輩が光を当てる。