ただ、桑野先生に資料をもらいに行っただけだ。でも、あのときの私は資料を受け取るためにカバンを手にしていて、寒いからとコートも持って出た。直前の会話を思い出せば、そう思われるのも無理はない。

「それ、次の日の生徒会室で気づきました。置いて帰ったはずの資料を片付けていたので。本当は、あたしが悪いのでそれをひとりでやろうと思ってたんです」
「だから、松本にはしばらく休んでいいって、伝えたんだ」

 関谷くんが肩をすくめて佐々木さんの言葉に補足する。

「あの日は佐々木さんも落ち込んでたから、とりあえず帰ろうってなって。松本も戻ってこないと思ってたから。松本は怒ってると思って、説明しなかった」

 そういうことだったのか。体中に張り巡らされていた不安が、するすると解けていく。なんだ、すれ違っていただけだったのか。

「でも、ひとりじゃやっぱり全然わからなくて、昼休みに関谷先輩に教えてもらってたんです」

 悔しそうに、佐々木さんは口元を歪ませる。

「あたしでもできるんだって見返したかったのに、江里乃先輩にどれだけ頼り切っていたかわかっただけでした」

 そう言って、すみませんでした、と佐々木さんが深々と頭を下げる。

「佐々木さん、私と一緒に作業しようか」
「よろしくお願いします」
「厳しいかもしれないけど、覚悟してね。でも、私の言い方が悪かったら、怒ってね。そのときは、言い直すチャンスをちょうだい」

 佐々木さんは「今までで一番難易度が高い指示ですよそれ」と、ふふっと頬を緩ませる。その微笑みに、心が平らかになって私の体が軽くなった。