「人と人だからな。意見や気持ちがすれ違ってけんかもするしわかり合えないこともある。どちらも正しい、は、どちらも間違ってるとも言えるしな。でもなにかに責任を押しつけるのは、無責任に俺は思う」

 私の考えていることを読み取ったみたいに、先輩が言った。

 そばにあるカフェショップから、ほろ苦いコーヒーの香りがした。それだけで、胸があたたかくなって体から力が抜けていく。

「正論は正しい。でも、口にするのは江里乃ちゃんだから、疎ましがられたのは、江里乃ちゃんだ」

 さっき私に言ったセリフを、先輩は繰り返した。

「これに俺の気持ちを添えると、『正論は正しいけど、江里乃ちゃんが言葉足らずだったから、友だちに誤解されたかもしれない。江里乃ちゃんはやさしくて、みんなのことが大好きなはずだから』になるんだよ」

 ほら違うだろ、と先輩が振り返った。

 同じ言葉なのに、先輩のやさしが添えられると、さっきとは違う感情で私の涙腺が刺激される。歯を食いしばらないと涙があふれてしまいそうになる。

「……泣いてもいいけどどうする?」
「泣かないので、前を見ててください」

 なんとか涙声にならないように答えた。

 私が泣きそうなことに気づいてわざわざそんなことを言うなんて、先輩も意地が悪い。きっと、私の返事が虚勢を張っているだけのことも気づいていたのだろう。、先輩は「了解」と言って、後ろを振り返らずに私の手を引いて歩いてくれた。

 道路を何台もの車が通り過ぎていく。そのたびに車のテールランプに先輩の髪の毛が照らされる。それは、私のにじんだ視界の中でイルミネーションよりきれいに輝いていた。

 これを、ずっと見ていたいなあ。

 そんな願いが胸に浮かんで、それは小さな明かりになって私を灯した。


 恋って、こんなふうに生まれるものなのかもしれない。