お昼を食べていないことを思い出し、途中でクレープを食べる。ほかには雑貨屋に雑貨屋に入ったり、書店を覗いたり。とにかくその瞬間、目にとまったら立ち止まる。
こんなふうに、なにも考えずに楽しく過ごせるのははじめてだ。
今までならまったく興味がなかった画材店でも、先輩が一緒だと新鮮に映った。水彩絵の具のひとつひとつに、これほど細かな名前がついていることも知らないままだっただろう。全色集めたら大変そうなほどの量で、ほかにも様々な絵の具の種類の存在を知った。
試し書きの小さな紙に、先輩はささっと私の似顔絵を描いてくれた。試し書きするためなのに、絵を描くなんてとこっそり注意をしたけれど、先輩は唇に人差し指を当てて、紙をちぎる。それを私に渡して「デート記念」と耳打ちする。
……誰彼かまわずこんな思わせぶりなことをするのだろうか。
私が特別なわけではないとわかっているのに、過剰反応してしまうのでやめてほしい。そう思っているのに、心の中でたしかに喜びを感じている自分が信じられない。
「あ」
ふと目に入った手芸店に、ふらりと近づいていきそうになった。危うく中に入るところだった。
「どうした? あの店?」
「いえ、なんでもないです」
先輩に気づかれてしまいそうになり、目をそらして違う店を目指して歩く。先輩に刺繍が趣味だと隠す必要はないし、どんな反応をするのか興味もある。けれど、交換日記にその話をした気がするのでばれるわけにはいかない。
また先輩にウソを重ねている。もう、数え切れない。
先輩と過ごす時間はあっという間で、気がつけば日もすっかり沈み空気も冷たくなっていた。そろそろ帰らないと終バスがなくなってしまう。田舎だから終わる時間が早いことを、今日ほど憎らしく思ったことはないだろう。
気分転換はたっぷりできた。だからこそ、今日の終わりと明日のことを考えると反動で反動で全身が地面にめり込んでしまいそうなほど気分が落ちる。
「もうこんな時間か。そろそろ帰るか」
「そう、ですね」
名残惜しい気持ちが顔に出ないように意識して、先輩を見上げる。
その背後に、見覚えのある女子がいることに気がつき、息が、止まった。
胸元まであるロングヘアに、高い身長、すらりと伸びる手足。スタイルのよさがコートの上からでも十分にわかる。
――なんで。なんでこんなところに、こんなタイミングで。
目をそらしたいのに、体が動かない。指先ひとつも動かすことができず、目を見張ったまま固まってしまった。その様子があまりにも不自然だったからか、歩いていた彼女が視線をゆっくりと私に向けて、止める。
視線がぶつかる。
と、同時に体が硬直から解放された。目をそらし、先輩の手を引いて駅に向かって歩きだす。
「江里乃ちゃん?」
こんなふうに、なにも考えずに楽しく過ごせるのははじめてだ。
今までならまったく興味がなかった画材店でも、先輩が一緒だと新鮮に映った。水彩絵の具のひとつひとつに、これほど細かな名前がついていることも知らないままだっただろう。全色集めたら大変そうなほどの量で、ほかにも様々な絵の具の種類の存在を知った。
試し書きの小さな紙に、先輩はささっと私の似顔絵を描いてくれた。試し書きするためなのに、絵を描くなんてとこっそり注意をしたけれど、先輩は唇に人差し指を当てて、紙をちぎる。それを私に渡して「デート記念」と耳打ちする。
……誰彼かまわずこんな思わせぶりなことをするのだろうか。
私が特別なわけではないとわかっているのに、過剰反応してしまうのでやめてほしい。そう思っているのに、心の中でたしかに喜びを感じている自分が信じられない。
「あ」
ふと目に入った手芸店に、ふらりと近づいていきそうになった。危うく中に入るところだった。
「どうした? あの店?」
「いえ、なんでもないです」
先輩に気づかれてしまいそうになり、目をそらして違う店を目指して歩く。先輩に刺繍が趣味だと隠す必要はないし、どんな反応をするのか興味もある。けれど、交換日記にその話をした気がするのでばれるわけにはいかない。
また先輩にウソを重ねている。もう、数え切れない。
先輩と過ごす時間はあっという間で、気がつけば日もすっかり沈み空気も冷たくなっていた。そろそろ帰らないと終バスがなくなってしまう。田舎だから終わる時間が早いことを、今日ほど憎らしく思ったことはないだろう。
気分転換はたっぷりできた。だからこそ、今日の終わりと明日のことを考えると反動で反動で全身が地面にめり込んでしまいそうなほど気分が落ちる。
「もうこんな時間か。そろそろ帰るか」
「そう、ですね」
名残惜しい気持ちが顔に出ないように意識して、先輩を見上げる。
その背後に、見覚えのある女子がいることに気がつき、息が、止まった。
胸元まであるロングヘアに、高い身長、すらりと伸びる手足。スタイルのよさがコートの上からでも十分にわかる。
――なんで。なんでこんなところに、こんなタイミングで。
目をそらしたいのに、体が動かない。指先ひとつも動かすことができず、目を見張ったまま固まってしまった。その様子があまりにも不自然だったからか、歩いていた彼女が視線をゆっくりと私に向けて、止める。
視線がぶつかる。
と、同時に体が硬直から解放された。目をそらし、先輩の手を引いて駅に向かって歩きだす。
「江里乃ちゃん?」