口に出していただろうかと焦りつつも、平常心を装って素っ気なく答えた。交換日記の中ではあれほど素直になれるのに、先輩を目の前にした私は、ウソばかりついている気がする。先輩にとって、私はどんな性格に見えているのだろう。

「そういえば、俺の卒業までに、絵を渡せると思う」
「本当に、描いてくれてるんですか」
「俺、ウソはつかねえからな」

 そう言って先輩は、私のイメージを絵にしているのだと説明してくれた。

「昔から、絵を描くのが好きだったんですか?」
「まあ、そうかな。勉強よりは。無心になる感じとかも好きだし」

 それは、なんとなくわかる。私にとっての刺繍のような感じだろうか。ただ、私の場合はパターン化されたものをひたすらちくちくと縫うだけで、独自性はない。オリジナル商品を作り出すようなことはしない。

「でも、自分で一から作り上げるんですよね」

「そう言われたらそうだけど……単に自分の言いたいこととか見せたいものを具現化してるって感じだろうな」

 なんかすごい言葉だ。

「風景を口で伝えるより、絵で伝えたほうがはやい」
「そう言われるとそうですけど。それ絵を描ける人しか使えない技ですよ」

 私が描いたら相手に混乱を与えるだけのような気がする。

 先輩はつり革にぐいっと体重をのせるように体を傾けてから「俺はラッキーだったんだろうな」と笑った。

「ひとりの時間が長いから、観察したり考えたりするのが好きなんだよ。で、それを誰かに伝えるには、俺の場合は言葉よりも絵や音楽のほうが便利だった」
「……なるほど」
「江里乃ちゃんの言うように、ベースに俺の多才さがあるんだけどな。もともとそういうのが好きなんだろうな」

 多才とまで言った覚えはないけれど、否定はできない。

 でも、先輩にとっては絵や音楽が、相手に伝えるための手段のようだ。言葉ではなく。言われてみれば当たり前のように感じるけれど、そういえばそうか、と目からうろこが落ちた気分だ。

 人それぞれの、伝えかた、か。

「そういや、今ちょうどオリジナルの曲を作ってるところでさ」
「……そうなんですね」

 知っています。という言葉を思わず言いそうになり慌てて呑み込んだ。

「それは、伝わってくれたらいいなと思うよ」

 おそらく、先輩は誰にも聞こえないくらいの音量で言ったつもりだったのだろう。けれど、そのあとに続けられた言葉は、しっかりと私の耳に届いた。

 ――結果はどうであれ。

 先輩は、ただ、好きな気持ちを好きな人に知ってもらいたいのだ。たとえ断られたとしても。

「どうかした?」

 呆然としている私に、二ノ宮先輩はきょとんとした顔を傾ける。

「伝わると、いいですね」