「っていうか、先輩、受験は大丈夫なんですか」
「俺もう進路決まってるから問題ないよ。春から美大生」
「美大生?」

 話を逸らすと、予想だにしなかった答えが返ってきた。美大ってことは、絵を描くってことだ。先輩が? 意外すぎる、と思ったけれど、先輩の部屋に飾られていた絵のことを思い出した。以前下ろした垂れ幕も、先輩が作ったものなのかもしれない。

「もしかして、部屋に飾ってたのって、先輩が描いたものなんですか?」
「そうそう。ずっと絵も習ってたしな。アトリエっつーの? そういうやつ」
「そうだったんですね。おめでとうございます」

 絵の勉強もしていたということは、ずいぶん前から進路を決めていたのだろう。先のことなんて考えていなさそうだと思っていた自分が恥ずかしくなる。私は本当に先輩のことをなにも知らず、おまけに軽視していた。最低だ。

「音楽もできて絵も描けるなんて、多才ですね」

 私にはない才能だ。小学生のころにちょっとだけピアノを習っていたけれどすぐに辞めてしまったし、絵に関しては壊滅的だ。私の唯一の不得手なことだと言えるかもしれない。手先は器用なので工作はできるのだけれど。

「江里乃ちゃんが俺を褒めるなんて珍しいな、どうした」
「思ったことを言っただけですよ」
「懐かなかった高級純血種の猫が、やっと警戒心を解いてくれたか」
「人をペット扱いしないでください」

 やたらと話しかけてきたのは、そんなふうに見ていたからなのか。キャンディーはもしや餌付けだったのでは。

「今日は元気そうだな」
「いつも元気ですよ。先輩ほどじゃないですけど」

 でもお菓子をもらうならいただきますよ、と言うと先輩は「しゃーねえな」と、私に個包装されたチョコレートを手渡してきた。毎日なにかしらのお菓子をポケットに忍ばせているらしい。

「今度、江里乃ちゃんに絵を描いてやろうか? 将来値が張るかもよ」
「いいんですか? お言葉に甘えますよ」
「受け取ってくれるなら、いくらでも」

 そんなこと言い出したら、学校中の生徒が欲しがると思うけれど。

 私のために、ということは今あるものではなく新たになにかを描いてくれるのだろうか。どんなものなのか想像できないからこそ、楽しみだ。

「将来お金に困ったら売り飛ばせるように有名になってやるよ」
「貧しくなっても、先輩が描いてくれたものを売るわけないじゃないですか」

 一生手放さないですよ、と言葉を付け足した。

「自分が困ってるのに?」
「そりゃそうでしょ。それに、売ったら先輩が悲しむじゃないですか」

 売ってほしいのだろうか。

 不思議に思いつつ答えると、先輩は困ったように眉を下げて私を見た。けれど、口の端がゆるく持ち上がっている。どういう感情を抱いているのかわからない表情に、首をかしげる。