「俺のことが好きで心配で、ひとりなんてかわいそうだ、なんでそんなことを好きな人にするんだーって、思った?」

 なんだそのポジティブシンギングは。

「いや、そこまでは……」

 申し訳ない気持ちが飛散する。なんでこのタイミングでそんな調子に乗ったようなことを言うのか。せっかく好印象を抱いたのに。

 冷めた視線を向けると、先輩は布団から手を出して私の頭にのせた。そして、髪の毛を乱すほどぐちゃぐちゃになで回す。

「な、なにするんですか!」
「いい子だなと思って。真面目で、しっかり者で、いつも自分のことより人の気持ちを考えることができて、やさしい」

 褒めちぎりすぎだ。

「もういいですから。ほら、さっさと寝て、さっさと風邪治してください」
「はいはい」
「だいたい、運動してたら暑くなるからってこの時期に薄着で汗かいてそのまま過ごしていたんじゃないですか。自業自得ですよ」
「病人に厳しいな」

 はあっとため息交じりな先輩の声に、はっとする。

 この状況で言うべきではなかったことに今更気づいた。

「でも、江里乃ちゃんの言うことは正しいからな」

 言葉を詰まらせた私に気づいたのか、先輩は目を細めてやさしげな笑みを浮かべて私に言った。そして、先輩が関谷くんに言ってくれたセリフが蘇る。

 ――『正論は、正しい論だから、正しいに決まってるだろ』

 さっきは先輩の登場に驚いてその言葉を聞き流してしまっていた。けれど、改めて反芻すると、胸にじんわりと染みこんできて、目頭が熱くなる。

 そんなこと、今まで誰にも言われたことがなかった。

 さっき私の頭を乱暴になで回した先輩の手が、今度はやさしく触れてきた。まるで、私を慰めるみたいなゆっくりした動きに目の奥がツンと痛む。涙をこらえることに必死で、その手を止めることも言葉を発することもできなかった。

 しばらく動けないでいると、先輩の手がするっと落ちてくる。それをそっと受け止める。いつの間にか先輩は眠ってしまったようで、寝息が聞こえてきた。

 受け止めた先輩の手は大きくて、細くて長い指は、男子と言うより男性のもので、こうして触れていると、いけないことをしているみたいに感じてくる。そして、なぜか手放したくないとも思った。

 起こさないようにその手を布団の中に戻し、眠っている先輩の顔をのぞき込む。目を閉じている先輩は、起きているときとは少し印象が違って見えた。薄い唇のせいか、どことなく儚げに見える。

 ついこの前まで、私にとっての二ノ宮先輩はただ名前を知っている先輩だった。けれど、今はこうしてこの人の家の中にいるなんて、不思議だ。

 この関係をなんて呼べばいいのだろうか。前は顔見知りで、先輩と後輩で――今は、友だち、みたいなものだろうか。