先輩の声にはっとする。いつの間にか米田くんは立ち去っていて、二ノ宮先輩が私の顔をのぞき込んでいた。

 一瞬なにを訊かれているのかわからず、一拍空けてから、さっきの〝悩んでそうな顔〟の続きかと気づく。

「いや、えーっと、私は大丈夫なので気にせず用事があるなら行ってもらって大丈夫ですよ」

 にっこりと微笑んで答える。けれど、内心は思考回路がショートしているのか、足を動かすこともできない状態だ。先輩が立ち去ってくれないと困る。なのに、先輩は「なんで?」と言って一向にその場を動かなかった。

「なんで、と言われても……」
「今の俺の用事は、江里乃ちゃんの悩みを解決することだから。お昼休みが終わるまではまだ時間あるしいつまでも待つよ」
「なんですか、それ」

 用事があって窓から飛び込んできたのでは。

 めちゃくちゃなことを言われているのに、なぜか気恥ずかしくなる。もともとの用事を後回しにしようと思うほど、私はひどい顔をしていたのだろうか。

 っていうか、そんなこと言われても先輩に悩みは相談できないんだけど。

「い、言いませんよ」
「んじゃ、待ち続けるしかないな」

 まるで話すまで逃がさない、とも受け取れる。けれど、先輩からはそんな威圧感は感じなかった。半分冗談、半分本気、といったところだろうか。

 先輩の飄々とした態度に、さっきまでテンパっていた気持ちが不思議と落ち着いていく。問題はなにも解決していないのに。

「お昼休み終わるまでこうして向かい合って過ごしますか?」
「江里乃ちゃんが望むなら。六時間目まででも放課後まででも」

 冗談で言ったのに、先輩はあっさりと答える。ほかの人なら軽口を叩いているだけだと思う。けれど、先輩は私が動かない限り、本当にいつまでもここにいそうだ。

 でも、けっして無理矢理聞き出すつもりはないのだと思う。

 私が動くのをただ、待っている。それが話すことでもいいし、立ち去ることでもいいのだろう。先輩は、私を見守っているんだ。

 私が思っていたよりも、先輩はずっと、大人なのかもしれない。

「じゃあ、椅子を持ってこないとですね」

 ふふっと笑みをこぼすと、なぜか先輩もうれしそうに頬を緩ませた。

「にらめっこでもするか」
「しませんよ」

 なんでにらめっこなんだ。

「本当に、なにもないですよ」

 先輩がそこまで心配するほどのことを悩んでいたわけではない。というか、先輩との交換日記をどう断ろうかと考えていただけ。もともと先輩に話すわけにはいかないとは思っていたけれど、あの会話のあとでは口が裂けても言えない。

「えーっと、考え事をしてたのは、たしかなんですけど」
「なるほど」

 なにがなるほどなのか。