そうこうしているあいだに八時が過ぎ、ぱらぱらと教室にクラスメイトがやってきはじめた。
「おはよう、江里乃」
教室に入ってくるなり、私に希美が声をかけてくる。
「おはよー」
寒さで鼻を真っ赤に染めた希美はそのまま自分の席に鞄を置きに行く。高い位置にあるお団子頭がゆらゆらと揺れていて、かわいい。
希美が来た、ということは、そろそろ優子もやってくる頃だろう。
そう思うと同時に、
「希美いいいい!」
と優子が長い髪の毛を振り乱し叫びながら教室に入ってきた。騒がしいのはいつものことだけれど、今日は特に元気だ。ということは……。
「英語の長文読解、やってくるの忘れたー!」
どうしたの、と言いながら私の席の前に座る希美に、優子が抱きつく。
優子がこうして朝から私たちの名前を叫ぶときは、いつもこのパターンだ。
「またあ?」
「もう、江里乃はすぐ怒るー」
別に、怒っているわけではなく、呆れているのだけれど。
優子がむうっと頬を膨らませて私を見てから、希美に「助けてー」と泣きつく。
「見せちゃだめだよ、希美。優子ってばこれで何度目なの。希美は優子と違って家でちゃんとやってきてるんだから。ズルしないで自分でやりなさい」
私ではなく希美に頼るのは、私がけっして見せないことをわかっているからだ。そして、希美が頼まれるとなかなか断れないことも。今までがそうだったから。
「わかってるけど、でも、苦手なんだもん」
「だもん、じゃないよ。そうやって逃げてるからどんどん苦手になるんだよ」
「正論言わないでよ、わかってるし!」
優子がくやしそうに口を尖らした。
わかっていないから何度も同じことを繰り返してるのでは。
希美にもう一度「もうだめだよ」と念を押すと、優子が「江里乃の意地悪―!」と叫んだ。意地悪で言っているわけじゃないのに、そう言われるとムッとしてしまう。
「あのね、優子」
「ま、まあまあ」
不穏な空気を感じたのか、希美が顔をひきつらせてあいだに入り、私の言葉を遮る。
「じゃあ、今からここでやるのはどう? わからないところあればわたしが教えるから、頑張ってみよう」
「ほんとに? それでもいい! 助かる!」
希美の提案に、優子はほっとして「ちょっと待って、教科書とノート準備してくる!」と席に走っていく。コートとマフラーを机の上に投げ捨てるように置いて、慌ただしくカバンを探りだした。
「甘いなあ、希美は。教えるって言ったって、結局ほとんどノート写すみたいなことになるのは目に見えてるのに」
はあっとため息をつくと、希美はあははと笑う。