「は? なにそれ。ポエム書いてほしいの? キモいんだけど」

 優子にばっさりと斬られてしまう。どうかノートの主が優子の声の届く場所にいませんように。さりげなく周りを確認する。

 優子は自分の理解できないことに対してばっさり切り捨てる言い方をするのが欠点だ。悪気はないのだろうけれど。以前、希美の趣味を知らなかったとはいえ、ずっと否定して笑っていたのを思い出す。

「でも、なんかほら、ロマンティックだよ」

 内心ムッとしてしまったことを察した希美が、あいだに入ってくる。

「えー? そう? 瀬戸山が夜な夜な希美にラブレター書いてたら嬉しいの? ヨネがそんなことしたらあたしドン引きなんだけど」
「んー、わたしはどっちでもいいかなあ」

 希美はへらっと笑って答える。

 どっちでも、が口癖の希美らしい返事だ。違うと思うなら言えばいいのに、希美はいつも曖昧な返事で、どっちつかず。たまに希美の意見はどうなの、と問い詰めたくなってしまう。

 そんなふたりには、恋人がいる。希美には瀬戸山、優子には米田くん。

 ふたりとも二学期の後半からつき合いだしたので、期間で言えばまだ一ヶ月ちょっと。けれど、一目で瀬戸山も米田くんも彼女を想っているのがわかる。

 それは、ふたりの長所はもちろん、欠点も受け入れているからだろう。見かけだけじゃなくて、イメージだけじゃなくて、自分の目で相手を見ているんだなって思う。


 永遠の愛を求めているわけじゃない。
 でも、一瞬でもいいから、誰かと幸福感に満たされたい。
 ――ふたりのように。


 そうなるには、告白してきてくれた彼とでは無理そうだと思った。

 彼が、というよりも、私が。いや、どっちもか。彼はポエムを書きそうにないし。

 ポエムの彼なら、告白もポエムみたいに言うのだろうか。「きみは僕の世界の中心だ」とか? 想像すると噴き出しそうになってしまい、慌てて口元を手でおさえる。

 イタい。イタすぎる。
 でも、悪くない。

「そもそもさあ、江里乃はどういう人がタイプなわけ?」

 私が笑いを噛み殺していることに気づいていない優子が訊いてくる。

 質問にしばらく考え込む。

「……どういう人がタイプなんだろ」

 ぱっと思い浮かばない。

 やさしい人がいいとか、かっこいい人がいいな、とかはあるけれど、具体的に説明はできなかった。そもそも私は自分から誰かを好きになったことがない。つき合った人たちはみんなやさしかったし、嫌いではなかった。けれど、好きだったのかと言われると、どうなのだろう。付き合っているときは好きだと思っていたはずなのに、改めて考えると自信がない。

 腕を組んで足を組み「んー」と唸り声を出してしまう。

「江里乃って、今まで好きになった人、いないんじゃない?」

 優子が意外そうに言うと同時に、予鈴が鳴った。

 たしかに、そうなのかもしれない。私は、まだ誰のことも好きになったことがないのかも。だから、ノートの彼の歌詞を読んで、憧れたのだろうか。言葉の先にいる誰か、ではなく、書いた人に。

 人を好きになったら、こんな言葉が自分の体からあふれてくるのかと。こんなにも、見える世界が美しく感じるのかと。

 私の知らない世界を、彼の片想いから感じたんだ。