サムい。サムすぎる。
手のひらサイズのノートを開き中を見ると、思わず体がぶるっと震えた。この寒気は今が一月中旬の冬真っ只中だから、という理由ではない。この痛々しい恋愛ポエムのせいだ。しかも漢字が間違えている。〝薔微〟ではなく〝薔薇〟だ。ついでに言えば〝潮時〟の使い方も。
「なんなの、これ」
開かれたノートを閉じて表紙を確認するけれど、そこにはなにも書かれていなかった。当然といえば当然か。こんなポエムを書いたノートに名前なんて記入するはずがない。まさか、こんなものを拾ってしまうとは。
誰のだろう、とあたりを見回したけれど、誰の気配もなかった。
それもそのはずだ。学校が始まるのは八時四十分で、今はまだ七時五十分。これほど早い時間に登校してくる生徒は少ない。だからこそ、わたしは昇降口に落ちていたこのノートにすぐ気づくことができた。
持ち主がわかるかとなんとなしにノートを開いてしまったのは、よかったのか悪かったのか。きっと、誰にも見られたくなかっただろう。けれど、私が見てしまったおかげで、晒されることは避けられる。
ただ、これをどうやって持ち主に返すか、が問題だ。
「っさむ!」
昇降口のドアは閉まっているのに冷たい隙間風が靴箱に吹き込んできて、体が震える。体を縮こませ、とりあえずノートをポケットにしまい、教室に向かった。ここでいつまでも悩んでいたら風邪を引いてしまう。首元をマフラーでしっかり防御していても、冬になるとショートボブはやっぱり寒い。
誰もいない教室は外と同じくらい冷え切っていて、すぐに入り口横にある暖房ボタンを押す。高校生になってから夏は教室を涼しく、冬は教室を暖めるのが私の役目になっている。それはただ単に、一番乗りだから、というだけの理由だ。
私の家は駅から離れた、田んぼと山しかない田舎にあるため、家から駅までのバスが一時間に一本しかない。乗り過ごすと遅刻ギリギリになってしまうのだ。
入学当初は眠くてつらかったけれど、今ではひとりきりで過ごす約二十分を私は気に入っている。誰にも邪魔されることなく趣味の刺繍に励んだり、テスト前は勉強に集中したりすることができる。
……ただ、今日はそれどころではないのだけれど。
このノートをどうするか、それに頭を悩ませて過ごした。
持ち主の気持ちを想像すると、一刻も早く返すべきだ。きっと焦っているに違いない。私だったらこんな恥ずかしいもの、血まなこになって探すだろう。
元の場所に戻すわけにもいかない。誰かの目に触れるところでは、ほかの誰かが拾って、笑いのネタにされることもあり得る。
落とし物として職員室のそばにあるショーケースに入れておくという方法も考えたけれど、引き取る場合は先生のチェックが必要でノートの中身を目の前で確認されることになる。これもあまりいい方法には思えない。
だめだ、いい案がまったく浮かばない。