関谷くんの発言が、胸にひっかかる。

 付き合っているときからちょくちょく言われていたセリフだ。〝正論は正しいわけじゃない〟〝松本の言っていることは正論だけど〟と。でも、正論が正しくないならなにが正しいのか、私はわからない。過去にそれで失敗したこともあるので、彼の言っていることが理解できないわけでもないのだけれど。

 なんとなく、釈然としない。

 その気持ちをうまく言葉にできないので、なにも返事をしなかった。

「じゃ、おれ生徒会室寄るから」
「ああ、うん」

 階段で彼と別れて、渡り廊下を進む。と、

「つまらなそうな顔してるな、江里乃ちゃん」
「っわ!」

 突然背後から出てきた顔に、ひっくり返ったような声が出る。体を反らせて誰かと確認すると、二ノ宮先輩が至近距離に立っていた。

「驚かさないでくださいよ」
「眉間にしわ、できてるよ」

 ちょんっと指先で触れられて、そっと振り払う。この先輩は人との距離が近すぎる。

「二ノ宮先輩のせいですから」
「え? 俺? なんで?」
「二ノ宮先輩がめちゃくちゃなことをよくするので、監視しろってお達しが出たんですよ。生徒会長と私に」

 そう言うと二ノ宮先輩は、あはは、とおかしそうに声を上げて笑いだした。無邪気な笑い声に、先輩のまわりだけ春のようなあたたかな空気になるのを感じた。

「江里乃ちゃんたちにそんなこと頼んだって意味ねえのにな。ま、そのくらい桑野せんせーが必死ってことか。でも、卒業前にストレスで倒れられたり、江里乃ちゃんたちに迷惑かけるのも悪いから、我慢するか」

 意外な返事に、目を丸くしてしまう。

「先輩もそんなふうに人のこと考えられるんですね」
「ばあか、俺は常に人のことを考えてるんだよ。江里乃ちゃんが知らないだけで。これから知ってくれるならいいけど」

 意味わかんない。思わずしらけた視線を向ける。

「そもそも我慢ってなんですか。なにする気だったんですか」
「あ、それ訊いちゃう? 後悔しない? あの校舎の壁に」
「いいです言わないでください」

 不穏な言葉に慌てて耳を塞ぎ歩き出した。

「えー? 聞かないの? 面白いのに」
「先輩の面白いことはろくなことがないので」

 スタスタと歩く私を、先輩は追いかけてくる。

「つまんないな、江里乃ちゃんは。そんなことばっかりしてるとつまらない人間になるんじゃない? 怒りすぎて顔の怒りシワが消えなくなるかも」
「……誰のせいで!」

 むかっとして振り返ると、また先輩が私の眉間に触れた。

「ほら、シワ」

 にひひ、と先輩が笑う。

 ささっと自分の眉を隠すように手を当てる。その反応に、先輩は満足そうに、やさしげな笑みを浮かべる。まんまと彼の思い通りに行動してしまったようで、悔しくなる。シワだシワだと言われたら気にするっつーの。