「あ、江里乃、さっき会長が探してたよ」
教室に戻るとすぐに、私に気づいた優子があさってのほうを指さしながら言った。会長、というのは生徒会長の関谷くんのことだろう。靴箱に向かうために巻いていたマフラーをほどきながら首をかしげる。
「えー、お昼ご飯もまだなのになあ……」
「急いでるみたいだったよー。職員室の桑野先生のところに来てほしいって」
原因は桑野先生か。
お昼を食べたあとでもいいのでは、と思うけれど呼び出されたので悠長にランチタイムを楽しむわけにはいかない。
「手伝おうか?」
「いや、いいよ、なにかわかんないし大丈夫」
希美の申し出を断って、とりあえずすぐに職員室に向かった。
さっき上がったばかりの階段を下り、先生と関谷くんが待っている職員室のドアを開ける。
「おお、松本」
右端にある小さな打ち合わせコーナーのような場所にいたふたりが私を見た。
「どうしたんですか?」
「いや、ふたりに頼むのも筋違いだとは思うんだけど」
呼びかけられて関谷くんの隣に腰を下ろす。桑野先生にしたら歯切れの悪い言い方をして「二ノ宮のことなんだが」と話を切り出す。
「三年の二ノ宮に、生徒会として目を光らせて置いてほしいんだよ」
……本当に私たちに頼む意味がわからない。
桑野先生の気持ちはわからないでもない。今までの行いに、今回突然、髪の毛をガラッと明るい色に染めてきたことを考えると、来週には金髪やスキンヘッドになっている可能性もあるだろう。
とはいえ。
「でも私たちは二年で二ノ宮先輩とは学年が違いますし、難しいですよ」
「それはわかっているんだが、受験を控えた三年にそんなこと頼めないだろう」
「……私たちが見ていたところで、先輩がなにか変わるとも思えないんですけど」
はっきりとそう言うと、桑野先生は困ったように頭をかいた。
「そもそも私たちでなんとかできるなら、すでになんとかなってますよ」
「まあ、そうだろうな」
桑野先生がどんどん肩を落としていく。
「まあまあ、松本もそのへんで」
関谷くんが苦笑しながらあいだに入った。
「でも、期待されても困るじゃない。私たちだって仕事があるんだから」
まあまあ、と関谷くんは繰り返す。そして、不満げな私のかわりに、関谷くんは「できる範囲でやってみます」と桑野先生に曖昧な返事をする。
先生が言うには、生徒同士だからこそ言えることや、言われて気づくこともあるのではないか、ということだった。まあ、要は卒業式に今よりひどい格好にならないように、というのが先生の希望らしい。
「だからってさあ」
職員室を出て、肩をすくめてぼやく。
「先生もたぶん校長とか教頭とか、他の先生から言われてるんだと思うよ」
「それは先生たちの問題じゃない」
私たちはすでにすべきことはしている。二ノ宮先輩に前もって注意をすることもあるし、問題を起こしたときは私たちが対処している。もちろん、二ノ宮先輩にお説教をするのも私たちだ。これ以上どうしろというのか。
「松本の言っていることは間違ってないけど、正論は、正しいわけじゃないからなあ」
「……そうかもしれないね」