はにかむ先輩に、胸がきゅうっと締めつけられる。そんな下手くそな刺繍を、そんなにも大事にしてもらえていたなんて。

「これ羊? って訊いたら、真っ赤な顔してプードルって答えてさ。あのときの江里乃ちゃんかっわいかったな」
「……忘れてください」

 とっさにごまかすこともできなかった自分を想像して、恥ずかしくなった。自分で作ったの? と訊かれたら否定できただろうけれど。犬を羊だと思われたら犬のつもりですと今でも答えてしまう。もちろん、今は昔よりずっとうまくなったけれど。

「……俺、あんなふうに人に気にかけてもらったこと、はじめてだったんだよ」

 先輩はハンカチを見つめながら呟く。

「家族に不満はないけど、昔から自分のことはできるだけ自分でするのが当たり前だったんだよ。だから、今まで心配ってあんまりされたことがないんだよな。危険なこととかそういうのはたたき込まれてたってのもあるけど」

 なるほど、と小さく答える。

「だから、江里乃ちゃんが俺の汗にハンカチをくれて、風邪ひきますよって言ってくれたのがうれしかったというか、驚いたっていうか」

 特別なことをしたつもりは、当時も今もない。

 家庭の事情があるとはいえ、そのくらいで?

「自分のことより、人を心配した江里乃ちゃんに」

 自分のことより、のセリフに「え?」と声が漏れた。

「生徒会の江里乃ちゃんのことは知ってたけど、そのときは真面目そうな怖そうな融通の利かなさそうな子だなと思ってただけだったんだよ」

 褒められているような、そうでもないような。

「でも、あの日、江里乃ちゃん泣きそうな顔してただろ。この子もこんな顔するんだなって、強そうなのに実は弱さを隠してんのかなって、気になって窓から飛び込んだんだよ」
「たまたまじゃ、なかったんですね」

 もしかして、私と関谷くんがつき合っていたことを知っていたのも、あの日の私を見ていたからなのかもしれない。そう考えると納得できた。

「慰めようかなって思ったんだけど。でも、江里乃ちゃんはあんなに歪んだ顔をしてたのに、俺のことを心配する、やさしい子なんだなって」

 そんなにも前から、私を見ていたのかと驚く。

「先輩は、澤本さんのことが、好きなんじゃないかと……思ってました」

「は? 藍? なんで。ないない。藍は今、同学年の誰かのことを運命の相手だと思い込んでるから。もともと藍と知り合ったのも、前の彼氏が俺の友だちだったからだし。っていうかなんで藍?」

 二ノ宮先輩は心底吃驚したように目を丸くする。

「素直で、一途で、ウソが下手くそで……ぴったりじゃないですか」
「……え? どこが。まあたしかに一途だけど、運命の相手だと思ったらストーカー並みに食いついてなにをしてでも結ばれようとするぞ」

 そんなことを。