「だって、違うじゃないですか。私、全然違います。素直で一生懸命で、隠しごとができないくらい馬鹿正直って、言ってたじゃないですか。でも、私は」

 自分で言いながら、悲しみがこみ上げる。

 うれしいのに、喜べないことが苦しくて仕方がない。

 スカートの中にあるノートとハンカチを、服の上からつかんだ。

 そんな私に、先輩は「バカだな」と一笑する。そして、私の頭に手をのせた。

「江里乃ちゃんは、素直で一生懸命で、隠しごとができない馬鹿正直者だよ」
「……違います。私は、ずるくてうそつきで、弱虫で頑固でプライドが高くて、先輩の好きな人とは似ても似つかないです」
「そんなことないと思うけどな。自分では気づかねえの? 〝ななちゃん〟」

 ……〝ななちゃん〟

 先輩は私に向かってそう言った。目を見張り先輩を凝視する。なんで、今ここでその話が出てくるのか。なんで。なんで。

 混乱している私をあざ笑うかのように、先輩が口の端を持ち上げる。

「ほら、江里乃ちゃんは素直で一生懸命で、隠しごとができない馬鹿正直者だろ」
「いや、意味が、わかんないんですけど」

 先輩は頭にのせていた手を、私の手に移動させる。そして、腰を折って私と目の高さを合わせた。先輩の瞳に、目を瞬かせている私が映っている。先輩が言うには、素直で一生懸命で、隠しごとができない馬鹿正直者の、私が。

 わからない。
 全然わからない。
 なのに――うれしい。

「抜け駆け禁止だって、言ったのに」

 涙で視界がはじける。

 こぼれる涙を隠すように、先輩の胸板に倒れ込んだ。先輩は、それを抱きしめて受け入れてくれた。仕方ないなと、そう言って。

 私の世界が、先輩になる。

 私たちを祝福する口笛と拍手と歓声が、どっと上がった。




 あのあと、私と二ノ宮先輩は桑野先生からたっぷりと泣き言を聞かされた。小言ではないところから、桑野先生の精神状態が垣間見えた気がした。

 なんでそう騒ぎを起こすんだ、松本までなんでなんだ、明日で卒業なんだぞ、卒業式でもなにかをするつもりなんじゃないだろうな、と桑野先生はとにかくそれを繰り返したのだ。今にも泣きだしそうなほど顔をゆがめて。まわりの先生たちは、青春だねえと言いたげな生ぬるい視線で私たちを見ていた。

 そしてもちろん、私はそのあと一日中全校生徒の注目を集めた。希美と優子には根掘り葉掘り訊かれて、また頭の整理ができていないので勘弁して欲しいと頼み込んだ。

 本当に、なんでこんなことになっているのだろうか。

「悪いことしたな」

 ぶはは、と先輩は思い出し笑いをする。

 放課後、私の授業が終わるのを待っていてくれた先輩と一緒に先輩の家に立ち寄った。誘われるがまま来てしまったけれど、これってふたりきりなのでは。