ふたりがつき合うかもしれないことに。

 ふたりが結ばれたあとに告白しなければいけないのかと思うと、頭が真っ白になってしまった。だからって、こんな人がたくさんいるような場所で告白するのは血迷ったとしか思えないけれど。

 この状態で逃げ出す自分のへたれ具合が憎たらしい。でも、どういう顔をすればいいのかわからない。ちょっと小一時間ほどひとりで反省会をさせてほしい。

「江里乃ちゃん!」

 背後から聞こえる私の名前に、血の気が引く。

 もうやめて、私の名前を呼ばないで、さっきのことは記憶から消して、今すぐ私を忘れてほしい。次こそちゃんとイメトレをしたとおりに告白をするから。むしろそうさせてほしい。殴ったら記憶喪失になるだろうか。

 人をかき分けて、どこに逃げたらいいかを考える。

 このまま二年の教室に向かえば、それこそ大惨事になってしまう。でももう、階段にさしかかっていて、突き進むしかない。


 二段飛ばしで階段を駆け上がろう、と踏み出す。




   あの秋の日から
   きみは僕の世界になった
   空に 水色に濡れた彼女の横顔が浮かぶ

   きみは僕に怒って 僕は君に笑った

   この恋の潮時から目をそらして
   うそつきな人を
   僕はただ好きでいたいと願う




 歌声に、足が止まる。聞き覚えのある文章に頭の中が真っ白になった。

 ゆっくりと振り返ると、先輩が歌いながら近づいてくる。突然のことに、まわりも騒然とする。そしてなぜか、先輩の行く道をあけていく。

 ギターは、まだケースに入れたままで、アカペラで、ただ大声で叫ぶような歌だ。私に届くように、それだけのために歌っている。でも、どこかで聞き覚えのあるメロディだ。

 先輩が、私を見据えたまま歩み寄ってくる。

 ……なんで、今歌うの。

 その歌は、なんのために、誰のために、あるの。

「なんで」
「……ここまでしても気づかない?」

 目の前に立って私を見下ろす先輩のまなざしは、あたたかかった。

 気づいてもいいのだろうか。うぬぼれてもいいのだろうか。今度も勘違いだったら、もう立ち直れないかもしれない。



「先輩、私のこと、好きなんですか?」



 ぐるぐると頭の中に感情があふれてくるのに、口をついて出る言葉は意外なものだった。告白といいこの質問といい、考えていることと体がまったくちぐはぐだ。

「うん、好きだよ」

 あっさりと、先輩はそれを認める。朗らかな笑みを浮かべて「俺、江里乃ちゃんのことが好きなんだ」と繰り返した。

 先輩が、私のことを。

 つまり、交換日記で言っていた〝好きな人〟は私のことだった。


「ウソ!」
「なんでだよ」

 先輩がすかさず突っ込みを入れる。