最後のひとりが出て行くのと同じタイミングで、隣にいた関谷くんに声をかけてこっそりと体育館のうしろに移動した。演奏が終わり解けていく緊張の中を駆け抜ける。

 外に出ると、体育館のまわりにはまだ三年生があふれていた。思いがけない人の波に、先輩の姿を見つけ出すことができない。おまけに吹奏楽部もぞろぞろと体育館を出てくる。

「すみません」

 人の波をかき分けるように、先輩の姿を探す。人混みの中央まで移動してきょろきょろとあたりを見渡すけれど、あのカフェオレ色がない。見落としてしまったのだろうかと方向転換をする。

 と、中庭のベンチに座ってぼんやりと宙を眺めている先輩を見つけた。隣にはギターケースがある。体育館で見かけたときにはなかったけれど、すぐに教室から持って出てきたのだろうか。

 なんにせよ、中庭という場所はありがたい。話をするのにうってつけだ。

「せん――」

 渡り廊下に飛び出て呼びかけようとした声が、すうっと力なく萎んでいく。

 空を見ていた先輩の顔が、誰かに向けられる。よう、と気さくに手を上げる彼に近づいていくのは、澤本さんだった。

 まるで、待ち合わせしていたみたいに、自然にふたりが並ぶ。先輩はすっくと立ち上がると置いていたギターケースをつかんで肩にかけた。そして、どこかを指さしてともに歩いていく。

 先輩が告白しようとしていた日は、今日だったのか。

 壁に手を当てて、一歩遅かった自分に気づく。

 先輩は、今からずっと好きだった人に告白をする。そのために曲を作り、歌詞を考えていた。なので、応援しなければいけない。先輩がどれほどの勇気を持って決意をしたのか、今の私にはわかる。

 でも。

 去って行く先輩は、人混みの中に溶け込んでいく。



「――二ノ宮先輩、好きです!」



 気がついたら、声を張り上げて叫んでいた。

 その直後、時間が止まったかのようにあたりがしんと静まりかえる。さっきまでの喧噪が遠く彼方に飛んでいく。

 視線の先にいた先輩が、振り返り瞬きを忘れたように私を見ていた。彼の双眸は、私をしっかりととらえている。

 ……私、なにを言った?

 だらだらと汗がものすごい勢いで流れ落ちていく。考えが吹き飛んで、口だけが動いていた。勝手に、口が。こんな人前で、私はなにを。そこまでの決意はしていないはずだ。

 先輩が、動く。それを見て私の足がじりっと一歩下がった。近づく先輩に合わせて、私は後ずさっていく。まわりの人の視線が私にびしばしと突き刺さる。

 ここにいては、だめだ。

 ――逃げよう!

 踵を返し、一気に駆け出す。

 なんで、こんなことになってしまったのか。当初の予定と、私の計画と、まったく違う。なんであんなことをしてしまったのか。

 ただ、いやだと思ってしまったのだ。