口元が歪む、そして泣きたくなる。

 好きだと言ってもらえてうれしいのに、同じくらい悲しくなる。

 先輩からの〝好き〟が、自分とは同じものではないから。そして、これは名前も顔も知らない〝ななちゃん〟への言葉で、そんな人にもやさしい先輩にとって、私も〝ななちゃん〟も同じくらいの存在なのではないかと思えてしまう。

 ――先輩の世界は私じゃないのに、どうして先輩は私の世界になるの。

「こんなに食べれないし」

 ばらばらと落ちてくるキャンディーやチョコレート、クッキーを見て、涙を浮かべながら笑った。誰もいない靴箱に、私の涙混じりの笑い声が響く。

 決心が、鈍っていく。

 先輩を応援したいのに、自分の気持ちを殺してでも先輩のためになることをしたいのに、それができなくなる。したくなくなる。

 ああ、私はそんなこと、したくないのだ。

 だって、私は先輩が好きなのだから。

 ――『江里乃は深く考えすぎなんだよ。もっと自分に甘くならないと』

 優子に言われたセリフを思い出す。

 ――『今の江里乃も、いつもの江里乃も、わたしはどっちも好きだよ』

 希美が言ってくれた言葉が、蘇る。

 ――『江里乃は?』

 自分を守っていただけの弱虫だったけれど、しっかり者として振る舞えた私。そして、ありのままの気持ちを受け入れたものの、それに振り回されてしまっている今の私。いい面と悪い面はどちらにもある。

 つまり、どっちでもいいし、なんでもいいのかもしれない。

 恋は、感情は、白黒はっきりつけられるものではないらしい。無駄だからと割り切ることも難しい。

 ――『考えた上での好きな行動なら、それが正解でいいじゃん』

 私はどうしたいのだろう。

 キャンディーの包装を剥がして、口に含んだ。甘酸っぱいいちごの味が口いっぱいに広がる。

 ――『誰を好きでもどうでもいいから言うしかないって想っただけ』
 ――『どうしようって悩むってことは、したいってことなのかなって』

 身動きできないのは、悩んでいるからなのだろうか。決心してもすぐに心がゆらぐのは、そのせいなのだろうか。

 告白なんて、したくない。傷つきたくない。怖い。無駄だ。

 なのに、告白はしない、と決めることもできない。

 先輩が好きだから。このまま気持ちを秘めて先輩を応援しても、先輩が卒業してしまったら、私と先輩のあいだにはなんの関わりもなくなってしまう。それが、いやなのだ。

「私、今の自分、すごくいやだな……」

 まるで、ずっと真夜中に閉じ込められているみたいな気分だ。だから。

 手にしていた交換日記とハンカチを、ポケットになおした。




「好きになりたい」