すっくと立ち上がり先輩に挨拶をすると、先輩はなぜか唖然とした表情で、「先輩?」ともう一度呼びかける。

「私、行きますね」
「あ、うん」

 こくこくと頷くだけの先輩に「じゃあ」と再び挨拶をして背を向け――ようとしたところで、自分のマフラーをほどいた。首筋が空気に触れて、体温が少し下がった気がした。

「こんなところで過ごすならマフラーも巻いておいてください。耳も鼻も頬も寒さで真っ赤ですよ」

 触れると痛みそうなほど赤いそれらを隠すように、自分のマフラーを先輩の首にかける。グレーとホワイトなので、男子が身につけていてもおかしくはないだろう。

 先輩はきょとんとしてから、マフラーに触れた。そして、ふっと白息を吐き出して困ったように笑う。

「江里乃ちゃんは、いっつも自分の気持ちより相手を優先させるよな」
「……え?」
「そういうところが、江里乃ちゃんらしいよな、と」

 よくわからないけれど、褒められているのだろうと思い「ありがとうございます」とお礼を伝えた。先輩は薄ら笑いを浮かべて「こちらこそ」と言った。

 なんとなく後ろ髪を引かれる思いを抱きながら、中庭をあとにする。

 階段をのぼりながら、スカートのポケットに入っているノートに手を伸ばした。

 このまま、返事をしないわけにはいかない。

 でも、返事をしたところでもうすぐ先輩は卒業してしまう。

「終わりにしないとね」

 ちゃんと終わらせよう。そのために、ちゃんと返事をしよう。

 先輩も、この交換日記があるから学校に着てくれているのだろう。終わりを伝えたら、引っ越しの準備や、いつを予定しているのかわからないが好きな人に告白する準備に専念することができるはずだ。

 私がはじめたことだ。

 存在しない〝ななちゃん〟として、ちゃんと伝えなくちゃいけない。

 先輩は安心して、別れの言葉を返してくれるだろう。




「じゃ、これで終わりかな」

 関谷くんがプリンターを出力して言った。時間は六時すぎ。これでひとまず三学期に生徒会がすべきことはほとんど終わった。あとは送別会と卒業式を過ごすだけだ。これで一段落だ。

「これ先生に渡してくるから、ちょっと待ってて」
「はい」

 関谷くんが鞄をつかみ、佐々木さんに声をかける。そして、出力したばかりのプリントを持って生徒会室を出て行った。あとに続くようにほかの子も帰宅する。

「江里乃先輩」

 ふたりきりになると、佐々木さんが私の名前を呼んだ。「ん?」と荷物をまとめながら返事をする。

「江里乃先輩が最近様子がおかしいのは、あたしたちのせいですか?」

 ……ん。
 ペンケースを持っていた手を止めて、佐々木さんのセリフを反芻する。そしてゆっくりと彼女のほうに顔を向けた。

「やっぱり、あたしと関谷先輩のことが」