「そのために描いたから。実際はA3サイズのボードなんだけど」
「いいんですか?」

 まさか本当に描いてくれるとは思っていなかった。しかもこんなに早くに。そして、それを見せるために、先輩はあの日私を誘ってくれた。きっと家に私を招く予定だったのだろう。

 なのに。

 私は『ひとりで行ってください』と。

 あの広い家に。

「すみません」
「受け取ってくれるなら許してもいいよ」

 あらためて深々と頭を下げる。先輩は「ちゃんと飾ってくれよ」と冗談めいた口調で言った。そして「そんな湿気た顔をいつまでもしてないでさ」と私の背中を叩く。

「あんまり悲愴な顔で声をかけてくるから何事かと思った」
「いや、まあそれは、申し訳なくて」
「俺のことより自分のことを考えればいいのに」

 くくっと先輩が笑う。仕方ないな、と諦めているようなそんな笑いかただったけれど、それが先輩のやさしさなのだと思った。

 私はこの人に、なにができるのだろうか。

 もうすぐいなくなる先輩に、ただの後輩である私にできることは少ない。

 先輩を、応援することだけだ。

 今、どれだけ苦しくても、逃げ出したくても、私は先輩を応援することだけを考えなくちゃいけない。

「引っ越しの準備もあるのに、ありがとうございます。でも、無理はしないでくださいね」
「このくらいなんともないよ。徹夜には慣れてるし」
「……徹夜したんですか。睡眠は削らないでください。そのうち気がついたときには倒れてたりするんですからね」

 私が小言をはじめると、先輩は「江里乃ちゃんだな」と苦く笑ってから「はいはい」と憎たらしい返事をする。

「本当に、ありがとうございます」

 たかが後輩の私に、こんなにすてきな絵を描いてくれたことが、うれしい。もちろん、なんでそんなことをするのか、私は先輩にとって特別なのかと期待してしまう部分もある。

 でも。
 だからこそ。

「お礼に」

 先輩のスマホの画面を見つめながら言葉を紡ぐ。

「先輩の恋がうまくいくことを応援していますね」

 想いが、届きますように。報われますように、そして笑っていますように。誰かと、一緒にいられますように。さびしさが、少しでも先輩にやさしくしてくれますように。

 正直すっごくいやだけど、でも、これを口にできない自分も、そのせいで先輩がうまくいかないことも、いやだ。

 笑っていてくれれば、私も笑って悔しがれる気がする。

 いや、まあ泣くかな、やっぱり。

 ――でも、いつかは消えゆくはずだ。後悔も苦痛も、恋心も。

 ジュースを買うだけの予定でコートを身につけていなかったため、ぶるりと体が震えた。それにそろそろ予鈴が鳴ってもおかしくない。

「じゃあ。また」