三年生の三学期は、受験までのラストスパートで予備校に通っていたり、もしくは受験から解放されて遊びに忙しくしていたりする人がほとんどだ。先輩がどちらなのかはわからないが。

「しかもそんな薄着で……風邪ひきますよ」

 底冷えするような寒さの中だというのに、先輩はなにも羽織っていないどころかカッターシャツ姿だ。おまけに額にうっすらと汗が浮かんでいて、息も少し乱れている。校内を走り回っていたのだろうか。

「捜し物があってさ。江里乃ちゃん見なかった?」

 え、と声にならない声を出す。

 ま、まさか。捜し物って。
 手にしていたままのノートを慌てて背中に隠す。

 心臓がばくばくと音を鳴らす。けれどそれをおくびにも出さず「なにを捜しているんですか」と訊いた。もしも私の持っているノートだった場合、すぐに手渡すべきだろうか。でも、知っている人のポエムだったのかと思うと、見てしまったことが後ろめたくなる。しかも、二ノ宮先輩。マジか。どうしよう。

 必死で考えを巡らせていると、

「ハンカチ」

 と先輩が答えた。その瞬間、ほっと息がもれる。

「どうかした? 見かけた?」
「あ、いえ、見てないです。どんなのですか?」
「俺の大事なやつ」

 知るか。特徴を教えろ。

「困ったなあ……。大事なんだけどなあ。どこにやったんだろう」

 本当に困っているらしく、先輩が眉を下げる。相当大事なものなのだろう。

「よくわかんないですけど、それっぽいのを見かけたら連絡しますよ」
「マジで? さんきゅー。さすがしっかり者の江里乃ちゃん」

 できれば特徴をちゃんと教えてほしいけれど、その説明はない。

「もしかしたら落とし物として職員室に届けられているかもしれないですよ」
「あ、なるほど!」

 先輩はぽんっと手を鳴らして、踵を返す。そして「気をつけて帰れよー」と私に手を振って職員室に向かった。ぴゅんっと風のように走っていく後ろ姿は、あっという間に見えなくなる。

 慌ただしいというか、落ち着きがない人だなあ。

 初めて会ったときから、先輩はなにも変わらない。あまりに非常識な行動に、私は驚き注意をした。すると、笑いながら「名前なんていうの?」と言って、その日から彼は私を「江里乃ちゃん」と呼び見かけるたびに声をかけてくる。

 常に自然体で、自由で、ついでに馴れ馴れしい。

 それらのバランスが絶妙だから、彼は人を惹きつけるのだろう。

 その行動が、思考が、正しくなくても。

 あんなふうに思いのままに行動できるって、どんな感じなのだろう。私のように、あれはだめだとか、こうすべきだとか、そんなことを考えることはないのだろう。

「……羨ましいな」

 これは、羨望ではなく嫉妬だ。
 けれど、彼のようになりたいわけでもない。