希美に言われると、そうなんだなとあらためて思い知らされる。

「江里乃は深く考えすぎなんだよ。もっと自分に甘くならないと」

 先輩にもそう言われたことを思い出す。

 優劣をつける必要はないのか。どっちにしたって答えなんか出るはずがない。過去の私は今の私とは違うのだから。

「それに、今の江里乃も、いつもの江里乃も、わたしはどっちも好きだよ」

 それに対して、優子も「まあそれはそうだね」「結局どっちでもやっぱり江里乃だなって思うしね」と歯を見せて笑った。

「江里乃は?」

 ふたりに訊かれて、私はなにも返事することができなかった。




 先輩を見かけたのは、その日の昼休みだった。

 コートは教室に置いたまま、マフラーを巻きつけて自動販売機にあたたかい飲み物を買いに出た。そして、中庭から聞こえるギターの音色で気づく。足を止めて物陰から顔を出し確認すると、今日も先輩は数人の男女に囲まれていた。ときおり、大きな笑い声が私のところまで届く。

 私と反対で、コートを着つつもマフラーを巻いていない先輩はギターを抱えていて、話しながらポロンポロンと弦を鳴らしていた。真冬の中で、どうしてあれほどなめらかに手が、指が動きやさしい音を鳴らせるのか。

 そういえば、告白の歌は、いったいどんな歌になったのだろう。

 結局私はなにひとつ先輩の役には立てなかった。先輩もきっと、あの交換日記はなんだったんだと思い出しているに違いない。

 どんな歌詞で、どんな曲で、そして、いつ相手に届けるのだろうか。
 それを想像すると、鼻にシワが寄り、軽い頭痛に襲われる。

「ニノ先輩、引っ越し準備できてるんですか」
「まあ、ぼちぼち」
「遊びに行きますね。きれいにしておいてくださいね」

 ふたりの会話が聞こえてくる。

 澤本さんは、どうしてあんなふうに自然に〝行きます〟なんて言えるのだろう。私には無理だ。澤本さんの発言には、言葉以上のものは感じられない。それがよけいに、すごい。打算や駆け引きが透けて見えれば、これほど彼女を羨ましいとは思わなかっただろう。

 ああ、ほらまた。

 私がいやなやつになっていく。

 窓ガラスには、眉間に皺を寄せて口を硬く引き結んでいる仏頂面の私が映り込んでいた。目をそらし、眉間を指先で伸ばす。

そのあいだも先輩の様子を眺めていた。まるでストーカーみたいだなと苦笑する。気持ちは話しかけにいくつもりではあるのだけれど。

 そのとき、友だちと話をしていた先輩が、ふっと表情に陰りをまぜた。と思ったら、じゃあな、と言うようにそばにいた人たちが手を上げて先輩に別れを言っている。ぱらぱらとまわりに人がいなくなって、先輩はひとりになった。

 その横顔は、置いてきぼりにされたさびしさがにじみ出ている。